売買契約についての注意点

第1 はじめに

売買契約は、「当事者の一方がある財産権を相手方に移転すること」と「相手方がこれに対してその代金を支払うこと」を内容とする契約です(民法555条)。例えば、自動車の売買契約の場合には、①自動車を譲り渡すことと、②代金を支払うことを指します。この2点は、いわば売買契約の根幹をなすものです。したがって、契約書作成にあたっては、①何を譲渡するのか②代金としていくら支払うのか、という2点に関する記載に注意する必要があります。

また契約書には、リスクマネジメントに関する事項を盛り込んでおくことがあります。上記の売買契約でいえば、①′売主が希望していた自動車が手元に届かない場合どうするか②′代金が支払われなかったらどうするか、という内容です。

以下、自動車の売買を例にして、売買契約の契約書を作成する上での注意点を説明します。

第2 売買契約の契約条項

1 自動車の譲渡について

(1)記載が必要な事項

買主としては、何を譲り受けたのか明確にしておく必要があります。そこで契約書には、何を売買契約の目的物にするのかを特定するに足りる事項を記載しなければいけません。

自動車であれば、登録番号、車名・型式・年式、車体番号、カタログ番号などで特定することができます。また、複数の物を売買の目的とする場合には、何をいくつ譲渡するのかも記載する必要があります。

(2)財産権の移転時期

売買契約を締結するにあたっては、売買の目的物がいつから自分のものになるのかという点も1つの重要な要素になります。 法律上、「○○を売り渡す。」という内容の合意がなされると、財産権も同時に移転する、というのが原則です。例えば、“自動車を○○円で売ります”という合意をすれば、その時点で自動車の所有権が売主から買主に移転すると考えられています(民法176条参照)。この原則どおりで問題がない場合には、契約書に財産権の移転時期を記載する必要性はありません。

もっとも、売買契約がなされる場面によっては、上記原則のままでは不都合な場合があります。例えば、売主がこれから商品を発注したり製造したりする場合には、売主の手元に商品がないわけですから、契約締結時に商品の所有権を移転することはできません。また、自動車の売買など代金が高額になる場合で、買主が代金全額をキチンと支払ってくれるか不安があるようなケースでは、契約締結時に商品の所有権を移転させない方が望ましいでしょう。このような場合には、いつ財産権が移転するのかを契約書に明記しておくことに大きな意義があります。例えば、「目的物を納品した時」や「代金を完済した時」に所有権が移転する、と記載します。

(3)物の引渡しに関する事項

例えば、自動車の売買の場合、買主によっては所有権の移転時期よりも、いつからその自動車を使えるのかという点に関心があることもあるでしょう。そこで、いつから売買の目的物を利用することきるのか、すなわち物理的な問題としていつ買主に引き渡すのかという事項についても売買契約の重要な要素になります。

当事者が特に合意をしなかった場合には、法律上売主は、買主からの請求があるまでは任意の時期に引き渡せばよいとされています(民法412条3項)。引渡し場所についても、法律に規定があります(民法484条、商法516条1項)。

もっとも、売買の目的物によっては、引き渡しに時間や手間がかかりますから、当事者それぞれの都合を確認する必要があります。そこで売買契約の目的物を、いつ、どこで引き渡すのかについても、契約書に明記しておくことが重要となります。

(4)売買契約に付随する手続に関する事項

財産権の譲渡を完遂する上で、一定の手続を要する場合があります。例えば、自動車であれば登録に関する手続が必要です(道路運送車両法5条1項)。また、不動産であれば登記手続(民法177条)が、債権を譲渡する場合には、債務者に対する通知が必要となります(民法467条1項)。これらの手続には費用がかかることもあり、いつ、誰が費用負担して、手続を進めるのかをあらかじめ決めておかないと、後にトラブルになる可能性があります。自動車税など公租公課についても同様です。したがって、このような売買契約に付随して発生する手続・費用の問題について、どのように処理するのかを契約書に明記しておくと良いでしょう。

2 売主が希望していた自動車が手元に届かない場合に備えて

「希望していた自動車が手元に届かない」の意味としては、以下のようなパターンが考えられます。
① そもそも自動車が届いていない

①-1 単純に自動車を引き渡していない

①-2 自動車が滅失してしまい、引き渡せない
② 自動車が届いているが、問題がある

②-1 契約書の定めと違う自動車を届けてしまった

②-2 自動車の不備・不良があった

このうち実務上特に重要となるのが、①-2と②―2のケースです。これらの場合を想定して、民法上の規定も存在しますが、当事者がこれと異なる救済方法を望むのであれば、それを契約書に記載しておく必要があります。以下、詳しく説明します。

(1)自動車が滅失した(①-2のケース)

民法上、売買契約締結後に売主の責めに帰することができない事由によって特定物が滅失した場合、その不利益は買主の負担になる旨が規定されています(民法534条1項。不特定物について2項も参照)。上記自動車の売買の例でいえば、売主は自動車を譲渡する義務を免れる一方で、売買代金を請求する権利は失わないことになります。

しかし、目的物を滅失したのに代金を支払わなければならないというのは納得できない方もいらっしゃるでしょう。そこで、当事者の責に帰することができない事由によって目的物が滅失した場合に、どのように処理するのかを契約書に明記しておくと良いでしょう。例えば、「自動車の引渡し前に、当事者の責に帰することができない事由によって自動車が滅失または損傷したときは、その危険は売主の負担とする。」(≒代金は支払われない)というようなものです。

なお当事者の一方の責に帰すべき事由によって自動車が滅失した場合には、損害賠償の問題(民法415条)や契約解除の問題(民法543条)になります。このような場合の処理の方法、例えば損害賠償の額はいくらにするのかなどを契約書に明記しておくと良いでしょう。

(2)自動車に不備があった

民法の規定によれば、目的物に「瑕疵」(通常有すべき品質・性能を欠いている状態のこと)があり、かつ買主が瑕疵の存在を知らず、知らないことについて過失がない場合には、売主はその責任を負うものとされています(民法570条、566条1項)。具体的には、買主は売主に対して損害賠償請求をすることができ、さらに瑕疵の存在によって売買契約の目的を達成できない場合には、売買契約を解除することができます。これを「瑕疵担保責任」と呼んでいます。

もっとも、買主が民法の規定以外の救済方法を望むのであれば、それにしたがった方が抜本的に紛争を解決することができます。例えば、民法に定める損害賠償と契約解除以外にも、無償での修補や部品交換、代金の減額、代替品との交換などの救済手段が考えられます。このように売買の目的物に「瑕疵」があった場合に、当事者がどのような救済方法を望むのかに応じて契約条項を定めておくといいでしょう。

他方で、民法上の瑕疵担保責任は、売主側の不注意(≒過失)の有無にかかわらず発生するものです。しかし、売主としては少しでも責任を軽くしたい、願わくは責任を免れたいと思うことでしょう。そこで、瑕疵担保責任を負わない旨の契約条項(無担保特約)や一定の場合には瑕疵担保責任の全部または一部を免れる契約条項(「商品の使用に支障がない場合は免責される」「補償(損害賠償)の上限は○○万円とする」など)を定めることがあります。但し、瑕疵担保責任を全て免れるような内容の特約は、一定の場合には無効になることがあるので注意が必要です(民法572条、消費者契約法8条1項5号など)。

※注:商人間の売買の場合
「商人」(商法4条1項2項)間で売買契約を締結する場合には、民法上の瑕疵担保責任に以下のような修正を加えています。したがって商法の適用がある場合には、検査に関する事項や通知に関する事項も踏まえて、瑕疵担保責任に関する契約条項を作成する必要があります。
①検査・通知義務の設定
買主は、商品を受領した後、遅滞なく、目的物の検査をしなければなりません(商法526条1項)。
そして、検査の結果、商品の数量不足または商品の瑕疵を発見したときは、直ちにその旨を買主に通知しなければなりません(商法526条2項前段)。また、商品の受領後6ヶ月以内に直ちに発見することができない性質の瑕疵を発見した場合も、同様です(商法526条2項前段)。
民法上はこのような規定はありません。
②除斥期間の短縮
民法上は、瑕疵の存在を知った時から1年間行使されない場合には、瑕疵担保責任は消滅します(民法570条、566条3項)。
商法では、上記の通知を直ちに行わなかった場合に、瑕疵担保責任は消滅します。これは、買主が売主に対して瑕疵担保責任を問える期間が、最長で「商品受領時から6ヶ月+α(発見から通知までのごくわずかな期間)」に短縮されることを意味します。

3 代金の支払いについて

(1)記載が必要な事項

売買契約の目的物と同様に、代金としていくら支払わなければならないのかということは、売買契約の根幹をなすものです。したがって、代金がいくらかについて、契約書にキチンと記載する必要があります。例えば、「代金額は○○万円とする」という記載になります。代金額を確定することが難しい場合には、「時価」など代金の確定方法の記載でもよいとされています。

(2)代金の支払方法について

契約書上で売買代金の金額を明確にしても、代金の支払時期など支払方法(支払条件)が分からなければ、代金を支払う買主は困ってしまいます。民法上の規定も存在しますが(民法573条以下。詳しくは下記)、当事者の都合に合わせて、支払方法に関する規定も定めておくことが望ましいでしょう。以下、詳しく説明します。

①代金の支払時期
民法上は、売買契約において当事者の合意がない場合には、目的物の引渡しと同時に代金が支払われるべきだとされています(民法573条、533条参照)。
しかし、売買契約の目的物の引渡しと代金の支払いとを、常に同時に行うのは難しいというのが現実です。例えば、売主としては、商品を調達する都合上先払いでないと困ることもあるでしょうし、一方で買主としては、代金を一括で支払うのは厳しいということもあるでしょう。そこで、実務では、当事者の都合に合わせて、支払時期についての合意をするのが一般的です。例えば、①目的物の引き渡し時期と代金の支払時期をずらす方法(実務では、代金後払いが多い)や、②契約時に「契約金」や「内金」、「手付金」などの名目で代金の一部を支払い、残金を後日分割で支払う方法などがあります。

②支払場所
民法上は、売買契約において当事者の合意がない場合には、債権者の現住所(民法484条)、あるいは目的物の引渡しと同時に支払うのであればその引渡場所だとされています(民法574条)。
しかし、代金の支払時期の場合と同様に、民法の規定どおりでは買主にとって都合が悪い場合もあります。そこで、買主の都合に合わせて、金融機関の口座振込や手形・小切手の交付という方式で支払う旨の事項を記載することがあります。

4 代金が支払われない場合に備えて

代金の支払いが遅れた場合に備えた契約条項を置くことも重要となります。

民法の規定によれば、相手方が代金の支払いが遅れた場合には、契約を解除したり(民法541条)、遅延損害金を請求したり(民法415条)することができるものとされています。

もっとも、代金が支払われないということは、買主側の経済状況が悪いなど代金を支払えない事情があることも少なくありません。そして、このような場合にいくら契約を解除したり遅延損害金の支払いを求めたりしたとしても、代金(解除の場合は目的物)を回収することができず、売主が損してしまうこともあります。そこで代金を確実に回収する他の方法(いわゆる「担保」)について定めておくといいでしょう。代表的なものとしては、「抵当権」「譲渡担保」「保証人」などがあります。担保について、詳しくはコラム「担保制度の概要」コラム「物などを利用した担保(物的担保)について」コラム「人を利用した担保(人的担保)について」を参照してください。

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