従業員の逮捕

第1 はじめに

「Aさんが◯◯という事件を起こして、逮捕された。」というニュースがほぼ毎日のように報道されています。そして、これらの事件の被疑者として、従業員が逮捕されるということは決してありえないことではありません。例えば、「通勤中に痴漢で逮捕された。」「酒に酔って喧嘩をして逮捕された。」「交通事故を起こして逮捕された。」「薬物(大麻や覚せい剤、脱法ドラッグなど)を所持・使用して、逮捕された。」といったケースが考えられるでしょう。

従業員が逮捕されれば、釈放されるまで働くことはできませんので、少なからず業務に支障が出ることが予測されます。また、従業員逮捕のニュースが報道されれば、会社にマスコミや取引先から問合せがあり、場合によっては取引が打ち切られてしまうこともあるでしょう。このように、従業員の逮捕は、会社に何らかの影響を与えることは必須です。会社としては、従業員の逮捕によって被る不利益をできる限り小さくしたいところです。そこで、このコラムでは、従業員が逮捕された場合に会社が取り得る対応法と注意点について説明します。

第2 従業員が逮捕された場合の対応法と注意点

1 大前提-処分を急がないこと!

はじめに注意しておきたいのは、「逮捕されたからといって、直ちに逮捕された従業員に対する処分を決定しない!」ということです。というのも、逮捕された直後の情報というのは、曖昧な内容だったり矛盾点があったりすることが少なくありません。また昨今では、痴漢の冤罪事件にみられるように、被害者と名乗る者が犯罪を偽装して示談金を詐取しようとするケースもあります。このような状況で懲戒処分として従業員を解雇すると、後日その従業員が釈放されたときに、「事実無根であり、解雇権の濫用がある!」として争われるリスクを負うことになります。

したがって、少なくとも、事実関係が明確になるまでは処分を急がないことを肝に銘じておくといいでしょう。特に、従業員が容疑を否認している場合には、「疑わしきは従業員の利益に」の精神で対応することをおすすめします。

なお一般的には、会社の従業員に対する処分は、検察官の終局処分(起訴・不起訴)の後や判決確定の後に実施することが多いようです。

2 正確な情報を収集する

冒頭でも触れましたが、会社にとって従業員の逮捕は、決して無関係なことではありません。例えば、従業員の逮捕された理由が、従業員の業務に関連してなされたこと(例えば、荷物の運送業務中の交通事故や取引先から受け取った代金の横領など)であれば、会社は被害者に対して損害賠償責任を負うことになる場合があります(民法715条1項参照)。また、従業員が逮捕され、身柄を拘束されている期間は働くことができませんから、その期間の従業員の処遇(有給休暇の取得、休職扱いにするなど)を考える必要があります。さらに、事案によっては、懲戒処分を検討することも必要となるでしょう。このような判断を行うためには、従業員の逮捕に関する正確な事実関係を把握しなければなりません。そこで、まずは事件についての情報を収集することが必要となります。具体的には、以下のような情報を収集しましょう。

①逮捕された事件の内容

“いつ、どこで、誰に対して、何をして逮捕されたのか”

“共犯者がいるのか”

②逮捕された状況

“いつ、どこで逮捕されたのか”、“罪名は何だったのか”

③被害の状況

“被害金額はいくらか”、“被害者との示談の見込みはあるか”

④逮捕後の状況

“どこの警察署に留置されているのか”

“従業員本人は罪を認めているのか”

⑤今後の見通し

“出処進退や有給取得等に関して、従業員はどのように考えているか”

“検察官は起訴するのか”、“どのような処分になる可能性があるのか”

これらの情報は、従業員または警察官・検察官から聞き取るのが一般的です。もっとも、従業員が身柄拘束を受けている間は、弁護士でないと従業員と面会できなかったり、情報を開示してもらえなかったりします。そこで、まず従業員が弁護人を選任しているかを確認し、弁護人を選任している場合にはその弁護人を介して情報を収集するようにしましょう。一方で、従業員の身柄が解放された場合(詳しくは後述)には、聞き取り調査や始末書の提出など、従業員から直接事件に関する情報を収集するといいでしょう。

3 従業員の取扱いについて

(1) 起訴されるまでの取扱い

逮捕されると、従業員は最大で23日間身柄を拘束され、働くことができません(刑事訴訟法203条1項、205条1項、208条1項2項参照)。

この期間については、従業員から申出がある場合には、有給休暇の取得という取扱いをするといいでしょう。他方で、このような申出がない場合には、欠勤として取り扱うことになります。なお、逮捕・勾留されたとの知らせがある場合には、無断欠勤として取り扱うのは避けるべきでしょう。

(2) 起訴された場合の取扱い

起訴されると、起訴された日から少なくとも2ヶ月間勾留されるのが原則です(刑事訴訟法60条1項2項)。また、2ヶ月が経過しても、ほとんどの場合、1ヶ月ごとに勾留期間が更新されます。

このように起訴される前と比べると、従業員は非常に長期間身柄を拘束されます。そこで、このような場合には、就業規則の定めにしたがって、休職の取扱いをするのが一般的です。従業員の都合による休職ですので、会社は休職期間中の給料を支払う必要はありません。

なお起訴された後に保釈される(刑事訴訟法88条以下)、すなわち身柄拘束が解かれる場合があります。この場合には、従業員にはいつも通り働いてもらい、裁判所に出頭する日のみ有給休暇の取得や欠勤として取扱うのが一般的です。他方で、出社しても従業員本人や周りの者の仕事に支障が出るような場合には、休職として取り扱うこともあります。

(3) 有罪判決が確定した場合の取扱い

起訴されて、かつ「犯罪の証明があったとき」には、従業員は有罪となります(刑事訴訟法333条1項参照)。

この場合には、会社としても懲戒処分の可否を検討する必要が出てくるでしょう。一般的に、従業員の行為が刑事事件となり、かつ会社内の秩序に直接関連性を有する場合には、懲戒処分が可能だとされているからです。もっとも、懲戒処分の中でも最も重い懲戒解雇を選択する場合には、慎重な検討を要します。実務上は、業務の性格上規律遵守が強く求められる場合や会社の対外的信用の毀損した場合、同じ犯罪を複数回繰り返している場合など懲戒解雇しなければ会社の秩序や業務の正常な運営を維持できないような場合でなければ、懲戒解雇は許されないと考えられています。詳しくは、コラム「懲戒解雇とその範囲」を参照してください。

懲戒解雇を選択することがためらわれる場合には、諭旨解雇や合意退職、または降格・降級など一段階軽度の懲戒処分に留めるのが望ましいでしょう。

(4) 不起訴・無罪の場合の取扱い

逮捕されたからといって必ずしも裁判になったり、有罪になったりするわけではありません。嫌疑はあるが証拠が十分でない場合や、起訴・処罰の必要性がない場合には不起訴になることがあります(刑事訴訟法248条参照)。また起訴されても、「犯罪の証明がないとき」は無罪となります(刑事訴訟法236条参照)。

この場合には、当該従業員の円滑な職場復帰を支援するといいでしょう。特に、身柄を拘束されたことで精神的にダメージを受けていることも考えられるので、必要が有る場合には、 医師等によるメンタルケアも検討するといいでしょう。

4 その他の対応

従業員の逮捕が報道された場合には、報道機関に対する対応も必要となります。もっとも、捜査に支障がでるおそれがあることから、事件の内容に関するコメントは差し控えるケースが多いようです。

また従業員が逮捕されるという事態が発生しないように、会社内部の体制を整えることも重要となるでしょう。採用する段階で、犯罪歴が無かったかを確認することも1つの対応策です。特に窃盗や詐欺など金銭に関する犯罪については、会社内部での犯罪行為を未然に防ぐという点で有効だと言えます。その他、会社内部での犯罪行為の再発防止策については、コラム「従業員の不正、違法行為」を参照してください。

以上

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