ネット上の誹謗中傷
第1 はじめに
インターネットの普及により、自ら情報を発信したり、多種多様な情報にアクセスしたりすることが容易になりました。一方で、従来のメディアにはない「匿名性」を利用した誹謗中傷、嫌がらせ、個人情報の流出などのトラブル(以下、まとめて「誹謗中傷」といいます。)も増加しています。このようなトラブルは、無視をしたり反論をしたりすることで沈静化する場合もありますが、かえって情報が拡散していわゆる「炎上現象」になることもあります。こうなってしまっては一個人の力でトラブルを沈静化させるのは難しいです。したがって、ケースによっては早期に法的な対応をとることが望ましい場合もあります。
一方で、現代社会において、私たちは自由に情報を発信することができる、とされています(憲法21条1項参照)。仮に個人や会社にとって不利益な情報の全てを「誹謗中傷」としてしまうと、私たちは情報を発信することを控えるようになり、自由に発言することができなくなってしまいます。したがって、法的な対応が可能となる「誹謗中傷」を限定するために、一定の“線引き”が必要になります。
このコラムでは、どのような場合に法的対応が可能な「誹謗中傷」といえるのかを説明した上で、法律上どのような対応が可能かを説明します。
第2 法的対応が可能な「誹謗中傷」
1 前提 ~一般的な基準を導くのは難しい~
法的対応が認められるのは、「その情報発信行為が、個人の法律上保護された何らかの権利・利益を侵害するものだ、違法なものだ」といえる場合です。ここにいう権利の侵害ないし違法性の判断は、情報信発信行為によって対立する利益(簡単に言えばメリットとデメリット)の比較衡量によって行われます。
ここで「比較衡量と言われてもよく分からない。何か明確な基準はあるのか?」と思われる方もいらっしゃるかと思います。しかし、一口に「情報発信行為」と言っても、被害者の立場や発信された情報の内容は多種多様であることから、一般的な基準を導くのは困難です。あえて基準を提示するとすると、法的対応が可能な「誹謗中傷」というのは、一般人の立場からしても「度が過ぎる」と思うような情報発信行為のことだと考えてもらえればいいでしょう。以下、一般的に法的対応が可能だとされる代表的な類型とそうでない類型を紹介します。
2 法的対応が可能な類型
(1)名誉毀損行為
名誉毀損とは、人の社会的評価(「名誉」)を低下させるような具体的な事実の摘示行為のことをいいます。「名誉毀損」にあたるか否かは、①対象者が誰か特定できるか、②人の社会的評価を低下させる情報か、2点がキーポイントとなります。以下、詳しく説明します。
①対象者が誰か特定できるか
まず、摘示された事実が誰のことを言っているのか特定可能でなければなりません。裏返せば、特定可能であれば個人の氏名や社名の記載がなくても、名誉毀損となる場合があります。例えば、下記のように伏せ字や隠語で表現された内容であっても、その記載内容と表現の対象者の属性・周辺事情を照らし合わせて、誰のことを言っているのか分かれば特定されているといえます。
○特定可能 : X社の営業部長A(イニシャル)
×特定不可 : X社のA(イニシャル) ←該当者が複数いる可能性がある
②人の社会的評価を低下させる情報か
次に摘示された事実が人の社会的評価を下げる危険性を有するものでなければなりません。危険性の有無は、一般人の普通の読み方と注意を基準にして判断します。例えば、記載された情報が虚偽であったり発信者の意見に過ぎなかったりしても、一般人からすればそのような事情はわかり得ないような場合には、人の社会的評価を下げる危険性があると認められる場合があります。
(2) プライバシー侵害行為など
いわゆるプライバシーの侵害に当たる情報発信行為にも法的対応が可能です。プライバシーとは、個人の私生活に関する情報・秘密のことをいいます。そして、個人の私生活に関する情報が、その意思に反して公開された場合には、プライバシー侵害と認められる可能性があります。
また個人の私生活に関する情報・秘密以外にも、個人の顔写真や氏名、電話番号などが意思に反して公開された場合も、同様に人格的利益の侵害があると認められる可能性があります。
(3) 知的財産権の侵害、秘密情報の流出など
個人や会社が事業を営む上で価値のある情報を、その意思に反して公開された場合には知的財産権ないし営業権の侵害として認められる場合があります。例えば、商品に関するテクノロジーやデザインの詳細に関する情報や独自のノウハウなどが挙げられます。
3 法的対応ができない場合
これらの類型に形式的に該当する場合といっても、必ずしも法的対応が可能なわけではありません。一定の事情(いわゆる「違法性阻却事由」)が認められる場合には、「権利を侵害するものではない。」「違法ではない。」と評価されることがあります。
代表的なものは犯罪報道です。犯罪報道は、加害者の社会的評価を低下させるものですし、場合によっては個人の私生活に関する情報が明らかになることもあります。しかし、その反面、社会全体の利益になる場合があることも否定できません。したがって、名誉毀損やプライバシー侵害にあたるような行為であっても、「公共の利害に関する事実」であるとして違法でないと評価されることがあります(刑法203条の2第1項参照)。
第3 対処方法
1 誹謗中傷された情報の削除を求める
誹謗中傷された被害者としては、発信されている情報を削除し、いち早く情報の拡散を防止したいと思うことでしょう。そこで、まずは当該情報の削除請求をすることが考えられます。
ここで注意が必要なのは、「誰に対して請求するのか」という点です。不可能なことを強いることはできませんから、削除請求の相手方は、発信された情報を削除する権限のある者でなければなりません。例えば、削除の対象がブログ記事である場合には、情報の発信者=執筆者が自ら削除することができますので、執筆者に請求すればいいでしょう。他方で、口コミサイトや掲示板の情報が対象の場合、投稿者は自ら削除することができないのが一般的です。このような場合には、ウェブサイトの管理者やサーバーの管理者を相手方として削除請求することになります。
2 情報の発信者を特定する
各種法的対応を実施するために、情報の発信者が誰であるかを特定することが必要となる場合があります。このような場合には、ウェブサイト管理者やサーバー管理者など(以下、「プロバイダ」といいます。)に対して、プロバイダが保有する発信者の情報を開示するよう請求することができます(プロバイダ責任法4条1項)。
3 情報の発信者に損害賠償請求をする
被害者は、誹謗中傷する情報の発信者に対して、損害賠償請求(民法709条)をすることができます。名誉毀損の事例の場合、精神的苦痛に対する賠償=慰謝料として、数十万から100万円程度が相場でしょう。企業が誹謗中傷され、営業上の損失が生じた場合には、より高額の損害賠償請求が認められる場合もあります。
また損害賠償とともに、謝罪広告の掲載など「名誉を回復するのに適当な処分」を求めることもできます(民法723条)。
4 発信者を刑事告訴等する
他人を誹謗中傷する内容の情報発信は、刑法上の名誉毀損罪(刑法230条第1項)や侮辱罪(刑法231条)、業務妨害罪(刑法233条)に該当することがあります。悪質なケースでは、刑事告訴したり被害届を提出したりすることも考えられます。
以上