業務監査の方法
第1 はじめに
コラム「監査役の職務の全体像」で、監査役の職務には、取締役の職務の執行が法令・定款を遵守して行われているかどうかをチェックすること(業務監査、会社法381条1項前段)、業務監査の結果を要約した監査報告を作成することが義務づけられていること(会社法381条1項後段)を説明しました。
さて、監査役が作成する監査報告では、①取締役が作成する事業報告等が法令・定款にしたがい会社の状況を正しく示しているかどうかや、②会社の取締役の職務の遂行に関し、不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があるかを示す必要があります(会社法施行規則129条1項2号3号、130条1項)。このような監査報告を作成するためには、年間を通じて会社の状況や取締役の職務に関する情報を把握しておかなければなりません。このコラムでは、業務監査の具体的な方法として、①どのように会社に関する情報を把握したらよいのか、②業務監査の際どのような点に注意したらよいのかを説明します。
なお監査役の職務には、業務監査の他に会計監査があります。詳しくはコラム「会計監査の方法」を参照してください。
第2 会社に関する情報の把握
1 取締役会その他の重要会議への出席
(1) 意義
業務監査のための情報収集の手段として最も重要なものは、取締役会に出席することです。なぜならば、取締役会というのは、重要な業務の執行に関する意思決定を行う機関(会社法362条2項1号)であるとともに、取締役の職務の執行に関する報告がなされる場だからです(会社法362条2項2号、363条2項)。したがって、取締役会に出席すれば、会社の状況や取締役の職務遂行状況を容易に把握することができます。取締役会を設置していない会社では、「常務会」「経営会議」といった会社法に定めのない会議によって会社の経営に関する意思決定がなされることもあります。このような場合でも、監査役は、取締役会の場合と同様に会議に出席して情報を収集するといいでしょう。
(2) ポイント
取締役会の意思決定や取締役の職務遂行の内容に関する情報は、監査報告の中核をなすものですから、必ず記録しておかなければなりません。これに加えて、後の訴訟トラブル回避のために、取締役会の開催に関する事項(定足数を充足しているか、開催の要件を満たしているか)や、議事運営に関する事項(特別利害関係人が決議に参加していないか(会社法369条2項)、決議に必要な説明・審議がなされているか)なども記録しておくといいでしょう。
なお、取締役会の運営や意思決定が適切であるかは、定款等の取締役会に関するルールや現在の会社の状況を把握していなければ判断することができません。したがって、これらの情報を把握するため、取締役会に先立ち定款や過去の議事録や事業報告などを確認しておくことも必要でしょう。
2 取締役等との意思疎通の体制整備
(1) 意義
会社の状況に関する情報は、取締役会に全て報告されるわけではありません。また、取締役会の開催は少なくとも3ヶ月に1回とされているので(会社法363条2項参照)、取締役会開催の時点では古い情報になっている場合もあります。そこで、監査役がその職務を全うするためには、自ら行動を起こして情報収集する必要があります。情報収集の手段の1つとして、取締役やその他の重要な部署と意思疎通を行える体制整備があります。意思疎通ができる体制が整備されていれば、取締役会以外でも会社の業務・財産状況に関する報告を受けて、意見交換をすることができるようになります。
なお会社法では、監査役の権限として、会社とその子会社の取締役や使用人等に対して、事業報告を求めることができる旨規定されています(会社法381条2項3項)。
(2) ポイント
意思疎通の体制整備として、意思疎通を行う会合を定期的に行う、という方法を採ることが多いです。定期的に意思疎通を行うことは、信頼関係を構築することもできるメリットもあると言われています。しかし、このような整備体制を行う場合であっても、「監査をされている」という適度な緊張関係を残す工夫が必要です。例えば、①報告時期を取締役会の開催時期と重ならないようにする、②報告すべき事項の細目を監査役が策定する、③報告事項に対して監査役からの意見提示をする、などの方法が考えられます。また、監査役が臨時的に報告を求め意見交換する(例えば、ふらりと立ち寄った体裁で報告を求める)という方法も有用でしょう。
3 重要な書類の閲覧
(1) 意義
監査役は、上記の意思疎通を行うとともに、または別の機会に、取締役等が作成・保管する書類の開示を求め、閲覧することも情報収集の1つの手段です。このような書類の閲覧も、監査役の権限として会社法上認められています(会社法381条2項3項)。
なお閲覧の対象になる書類とは以下のようなものです。
①代表取締役が決済する稟議書、契約書その他の重要な書類
②取締役会、株主総会その他の重要な会議の議案書、議事録等
③中期、長期または年度の事業計画書
④業務報告書、内部監査報告書
⑤予算や決算関係の書類
⑥苦情処理報告書、訴訟関係書類その他会社の不祥事・トラブルに関する書類
⑦定款、取締役会規則、労使協定書、登記情報書類その他会社組織に関する書類
(2) ポイント
意思疎通体制の整備とともに、重要書類が監査役の下に回付される体制に整備すると、効率的に会社の事業・財産状況に関する情報を収集することができます。
関係部署で書類を閲覧する場合には、法令・定款違反等の事実がないかを確認するだけではなく、重要な書類の作成、保存、管理が適切になされているかも確認するようにしましょう。
第3 業務監査のポイント
そもそも「監査」という言葉は、①行為者とは別の者(会社でいう監査役)が、②一定の基準に照らしてその行為が適合しているかを判断することを意味します。会社においてここにいう一定の基準とは法令及び定款のことです。したがって、監査役が行う業務監査というのは、上記方法により収集した会社の事業や財産状況に関する情報、及び会社の体制、組織運営に関する情報が、法令及び定款に適合しているかの判断だといえます。
もっとも、会社の存続と健全な成長のためには、法令及び定款と機械的に照らし合わせて適否を判断するだけの監査は妥当ではありません。会社の「オブサーバー」としての地位を生かして、法令・定款違反に発展するおそれがないか(いわゆるヒヤリ・ハット)、企業倫理に反しないか、その事業が企業の利益だけでなく社会全体に寄与するものか、といった視点からチェックを行い、意見を述べることも重要になるでしょう。
以上