議決権行使禁止の仮処分

第1 どのような場合に用いられるか

議決権行使禁止の仮処分は、非公開会社など中小企業の経営権争いにおける手段として利用される例が多くみられます。特に、問題となっている株式の議決権が株主総会決議の帰趨を決する場合、予想される決議結果を阻止するために、仮処分の申立てがなされます。例えば、Z社の株主名簿に、Yが発行済株式数の70%に相当する株式を保有する株主として記載されている場合に、それまでZ社の100%株主であったオーナー経営者Xが、取締役Xを解任する旨の株主総会決議が可決されることを阻止するために、XからYへの株式譲渡は無効であるとして、Yを相手方として、議決権行使禁止の仮処分を申し立てるようなケースです。

株主は、株主総会において保有株式1株につき1個の議決権を持っています(会社法308条1項)。会社は株主名簿に記載された者を株主として扱えばよいので(会社法124条)、株式の帰属について争いがある場合や発行された株式の効力に疑義がある場合には、上記の例のように、株主名簿に記載された者は真実の株主ではないとして紛争が生じます。この場合、株主権確認訴訟等の本案訴訟を提起しても、通常、株主総会の期日までに判決確定に至らないため、株主名簿上の株主の議決権行使を禁止する仮処分命令の申立てがなされるのです。

なお議決権行使禁止の仮処分が用いられる代表的なケースとしては、以下のようなものがあげられます。

類型その1 株式の帰属について争いがある場合

「株式の売買の有効性について争いがある」

「株式を取得する原因とされる相続の有無・有効性に争いがある」

類型その2 株式の存否について争いがある場合

「募集株式の発行(または自己株式の処分)の効力に争いがある」

「発行した新株の引受人が、発行価額の払込みをしたかどうかに争いがある」

第2 どんなことを主張する必要があるか

民事保全法に基づく保全命令の申立てには、被保全権利(保全命令によって保全されるべき権利のことです。)と保全の必要性を疎明しなければなりません(民事保全法13条1項・2項)。一般論については、コラム「取締役等の職務執行停止・職務代行者選任の仮処分」を参照してください。以下、議決権行使禁止の仮処分を申し立てる際に主張すべき事項を説明します。

1 被保全権利

被保全権利とは、仮処分によって保全すべき権利関係のことです。

仮処分は、あくまで、本案訴訟(通常の訴訟手続のことです。)を提起することを前提とした手続ですから、まずは、本案訴訟でどのような請求ができるのか、を念頭に置かなければなりません。その本案訴訟において審理の対象とされる権利が、被保全権利となります。冒頭の例でいえば、本案訴訟である株主権確認の訴えにおいて審理の対象とされるXが真実の株主であること、そのため株主Xが非株主Yに対して議決権行使を阻止することのできる権利(これを、「株主権に基づく妨害排除請求権」と言います。)を持っていることが被保全権利となります。

以下、議決権行使禁止の仮処分の類型ごとに説明します。

(1) 株式の帰属について争いがある場合

被保全権利は、債権者の株主権(議決権)に基づく妨害排除請求権であり、本案訴訟は、株主権確認の訴え(自己に株主権が帰属していることを確認する訴え)です。

議決権行使禁止の仮処分は、会社に対し株主たる資格を主張できるはずの株主名簿上の株主を相手方として、その株主権の行使を阻止しようとするものです(会社法124条)。そのため、仮処分の債権者(申立人)は、その株式の実質的権利者であることに加え、株主名簿の記載がなくても株主資格を会社に対して主張できる立場にあること、すなわち、被保全権利は、会社に対抗できる株主権であることを要します。例えば、株式を取得した者の名義書換請求が、会社によって不当に拒否されている場合(最判昭和42年9月28日)、会社が正当な理由なく名義書替を怠っている場合(最判昭和41年7月28日)、株券の盗難や株式譲渡が解除される等の理由で株式が有効に移転していないのに株主名簿上の自己名義が他人名義に変更されたときに自己の実質的権利の帰属を証明した場合等に、株主は、株主名義の記載なく自己の株主権を会社に対抗することができます。

なお、株主権確認の訴え(株主権確認請求)の概要については、コラム「会社法トラブルその4 株主権確認請求」をご覧ください。

(2) 株式の存否について争いがある場合

新株発行に法律的瑕疵があるため効力に争いがある場合の被保全権利は、新株発行等無効請求権又は新株発行不存在確認請求権であり、本案訴訟は、新株発行無効の訴え(会社法828条1項2・3号)又は新株発行不存在確認の訴え(会社法829条1・2号)です。

新株発行無効の訴えを本案とする場合には、新株発行の無効原因が制約されていることから、仮処分命令が発令される場合も同様に限定されます。例えば、授権株式数を超過する発行、定款に定めのない種類株式の発行、新株発行差止仮処分に違反してされた発行、通知・公告を欠いた発行等の場合は新株発行の無効原因と解されています。他方、新株発行に際し、有効な取締役決議がない場合(最判昭和36年3月31日)、株主総会の特別決議を経ないで、新株が株主以外の第三者に有利な価格で発行された場合(最判昭和40年10月8日)等は、取引安全、法的安定性の見地から、新株発行の無効原因とはならないと解されています。

なお、新株発行無効の訴えの概要については、コラム「会社法トラブルその3 新株発行無効の訴え他」をご覧ください。

新株引受人が発行価額の払込みをしたかどうかに争いがある場合の被保全権利は、株主権(持株割合)不存在確認請求権であり、本案訴訟は、新株主と扱われている者等に対する株主権不存在確認の訴えです。

3 保全の必要性

議決権行使禁止の仮処分において、保全の必要性の審査は厳格になされます。株主権確認訴訟等の本案訴訟の判決を待っていては、その間に株主総会において非株主が議決権を行使することにより、債権者に回復しがたい損害が生じることの疎明が必要です

例えば、当該株主総会における決議事項が、①取締役の選解任等、会社の経営権の所在が変わるおそれのある場合、②事業譲渡、解散、合併等、会社の経営にとって特に重要なものである場合に、保全の必要性が肯定されることが多いようです。

もっとも、申立てが株主総会の直前にされて、債務者審尋(債務者に反論の機会を与えるための手続です。)を経る余裕がない場合、疎明が不十分として却下される可能性が高いのでご注意ください。

★保全の必要性を厳格に解して、否定した裁判例(東京地決平成26年6月25日)

<事案>

債権者(会社)は、債務者(株主名簿上の株主)は不当な議決権行使目的をもっており、債務者による議決権行使は権利の濫用にあたるため、債権者には不法行為に基づき債務者が株主総会において議決権を行使することを差し止める権利があり、これが被保全権利となる、と主張しました。

<被保全権利についての判断>

裁判所は、債務者の議決権の行使が権利の濫用に当たると認めるに足りる証拠はなく、被保全権利の疎明があるとはいえない、と判示しました。

<保全の必要性についての判断>

「株主総会においては、その議長が株主の議決権の行使を認めるかどうかを決定するから、議長を会社の代表取締役等が務める場合には、会社が議決権の行使を認めるべきではないと判断した株主については、議長が当該株主の議決権の行使を認めない措置をとることによって対処することができる。そして、会社の判断及び議長の当該措置が法的に正当なものであるかどうかは、当該株主総会決議についての株主総会決議取消しの訴えにおいて問うことができる。したがって、会社が債権者となる議決権行使禁止の仮処分の申立てにおいて、株主総会の議長を代表取締役等が務める場合には、議長と会社が対立し、あるいは、議決権行使禁止の仮処分命令がないと、議長がその権限に基づき株主の議決権の行使を制止しても、当該株主が実力をもって議決権を行使しようとすること等によって株主総会の混乱をきたすおそれがあるなど、議長による対処が不可能又は著しく困難となる事情がない限り、保全の必要性があるとはいえないと解される。

債権者の定時株主総会においては、債権者の代表取締役社長であるAが議長を務めることが予定されているからから、債権者は、当該議長の権限に基づいて債務者らの議決権の行使を認めない措置を取ることができるといえる。一方、債務者らが実力をもって議決権を行使しようとするなどして本件総会の議事進行が混乱するおそれや、議長と会社が対立するおそれがあると認めるに足りる証拠はない。したがって、保全の必要性があるとはいえない。」

第3 当事者

1 申立人

仮処分を申し立てることができる者は、被保全権利(本案訴訟)に応じて変わります。具体的には、次の通りです。

被保全権利(本案訴訟) 申立人
①株主権確認の訴え ・真実の株主と主張する者
②新株発行無効の訴え ・株主・取締役等(会社法828条2項2・3号)
③新株発行不存在確認の訴え ・株主(確認の利益がある者)
④新株主と扱われている者に対する株主権不存在確認の訴え ・株主(旧株主又は当該新株発行に係る新株主)

2 相手方

被保全権利に応じて、仮処分の相手方となる者は変わります。具体的には、次の通りです。

株主権確認の訴えにおいて、株主権の帰属を争っている株主のみを当事者とするのでは会社に対して効力が及ばないから、会社も相手方に加えるべきとの見解があります(大阪高判昭和54年10月19日参照)。しかし、取締役の地位と株主の地位とでは、性質が異なります。すなわち、取締役の地位確認の訴えについては、その判決の効力が当該会社に及ばなければ、取締役の地位をめぐる関係当事者間(取引先等も含まれます。)の紛争を抜本的に解決することができないため、会社を被告とする必要があります(最判昭和42年2月10日参照)。他方、株主権確認の訴えについては、争いのある株主間の他に当該会社との間に合一に確定すべき要請はないため、常に会社を被告とする必要はないと解されます(最判昭和35年3月11日)。

被保全権利(本案訴訟) 相手方
①株主権確認の訴え ・株主名簿に株主として記載された者
・会社(会社が債権者の株主たる地位を争って株主名簿に株主として記載された者に議決権を行使させようとしている場合)
②新株発行無効の訴え
③新株発行不存在確認の訴え
・会社(会社法834条2項2・3・13・14号)
※新株主であると主張する者は、債務者とならない(争いあり)
④新株主と扱われている者に対する株主権不存在確認の訴え ・新株主と扱われている者
・会社(会社が債権者の株主たる地位を争って株主名簿に株主として記載された者に議決権を行使させようとしている場合)

第4 仮処分命令の効力

会社が当事者となっていない場合、仮処分命令の効力が会社に及ぶかについて、否定説と肯定説とに見解が分かれています。そこで、会社が債権者の株主権を否定して株主名簿に記載された者に議決権を行使させようとしている場合には、会社も債務者に加えておきましょう。

議決権行使禁止の仮処分命令に違反して当該議決権が行使された場合、当該株主総会決議には瑕疵がないとした裁判例があります(横浜地判昭和38年7月4日)。この事案は会社が債務者となっていなかったので、当事者ではない会社には効力を及ぼすことはできないとされたためです。とすれば、会社が債務者となっている場合には、決議取消事由になると解する余地もあります。

株式の帰属について争いがある場合に、議決権行使禁止の仮処分命令が発令されても、これにより、債権者の議決権を許容する効果まではないと解されています(最判昭和45年1月22日)。

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