メンタルヘルスと休職

第1 はじめに

精神的障害についての労災補償状況が、近年増加傾向にあります。

従業員の「心」の問題は、業務にも影響し、また、上司・同僚とのトラブルにもつながってきますから、雇用主にとっても避けては通れないものです。そこで、今回は、メンタルヘルスとその周辺の問題点について触れていきたいと思います。

第2 メンタルヘルス不調の特徴

メンタルヘルス不調とは、厚労省の指針によると、「精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を広く含むもの」を意味します。

代表的なものとして、うつ病があげられます。このメンタルヘルス不調の最大の特徴は、骨折やねんざなど客観的に把握可能な傷病とは異なり、不調の有無や程度の判断が難しいことでしょう。また、長期化の傾向もありますし、一度回復したのに再発してしまうこともしばしば見受けられます。

第3 休職

1 休職とは

従業員がメンタルヘルス不調になってしまった際の対応として考えられるのが、従業員に休職してもらうことです。

休職とは、労働者を就労させることが不能または不適当な事由が生じた場合に、労働関係を存続させつつ労働義務を一時消滅させることを意味します。休職の理由としては、私傷病休職、起訴休職、組合専従休職、などがあります。

従業員が休職した場合、就業規則に特別の定めがない限り、賃金を支給する必要はありません(ノーワーク・ノーペイの原則)。

休職期間中に休職事由が消滅した場合(たとえば、傷病が治癒した場合)には、会社に復職することになります。一方で、回復しないまま休職期間満了となった場合には、自然退職または解雇となるのが通常です。

このような休職制度は、解雇猶予の目的を持つものといえます。この制度目的から、休職命令制度があるのにこれを適用せず、解雇してしまうと、行うべき行為を行っていないものと判断され、解雇権の濫用として解雇が無効となりえますので注意が必要です(東京地裁平成17年2月18日判決)。

2 メンタルヘルス不調を理由とする休職

メンタルヘルス不調を理由として休職する場合は、上記の休職の具体例のうち、「私傷病休職」として扱われることになります

このメンタルヘルス不調を理由とする私傷病休職は、従業員が自分から不調を申し出て休職に至る場合には、大きな問題は生じません。

しかしながら、従業員が自己のメンタルヘルス不調に気づいていなかったり、メンタルヘルス不調に対する否定的印象から本人が病気であることを否定したりするケースがあります。このような場合には、従業員の人格権やプライバシーにかかわる問題になるため、対応が難しくなってきます。

では、このように従業員がメンタル不調を否定する場合には、どのような対応が適切でしょうか。

まず、周囲の同僚から意見を聴取し、当該従業員の就業状況や日頃の言動について客観的な調査・検討を行います。その上で、その記録を作成します。このように作成した記録をもとに従業員に説明し、病院での受診を勧めましょう。それでも拒否することがあれば、休職命令を出すことを検討してください(休職命令の発令の可否については、後述の?参照)。そして、休職命令発令後は、本人が選んだ治療機関で健康診断を受けて健康に問題がないと証明しない限り、労務を拒否するという対応をとってもよいと思います。
このような対応をとれば、休職理由についての詳細な記録を残すことができますので、復職判断の際にも記録を活用することができます。

なお、就業規則に「受診命令」について規定している会社については、もう一つ大事なことがあります。それは、解雇などの処分をする前に必ず受診命令を出さなければいけないということです。

判例によると、受診命令制度があるのに行使しないで処分すると、権利濫用で解雇処分が無効となるおそれがあります(最高裁平成24年4月27日判決-日本ヒューレット・パッカード事件参照)。前述した、休職命令制度があるのに適用しなかったため解雇権濫用と判断された判例と同じように考えればいいと思いますが、制度があるのに適用しないと会社に不利な判断がされることになってしまいますので、注意が必要です。

3 休職命令の発令の可否

(1) 職務限定特約がある場合

職務限定契約とは、特定の職務のみを業務内容とすることをいいます。たとえば、医師・看護師など特定の技能・資格が必要な職業は職務限定契約がある場合にあたることが多いです。このような職務限定特約がある場合、契約内容である当該業務に支障が生じているときは、休職命令の発令が可能です。

(2) 職務限定特約がない場合

他方、職務限定特約がない場合には、従業員が現在従事している業務に支障が出ているだけでは休職命令を出すことはできません。

最高裁の判例によれば、当該従業員が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、その業務を行わせなければなりません(最高裁平成10年4月9日判決)。

よって、職務限定特約がない場合には、まずは現在従事している業務以外の業務に配置転換をして労務の提供をすることが出来るか否かを検討し、もしそれが可能なのであれば配置転換について労働者の意向を確認する必要があります。そのような手続きを経ずに、いきなり休職命令をすることはできません。

なお、転居を伴う配転の場合には現在通院中の病院に継続して通う必要があるというような配慮も必要になります。特に精神疾患の病歴があったり、他の病気でも通院歴があったりする従業員に対しては、配転命令を出す際に極めて慎重な判断が必要になりうることに注意してください。

4 メンタルヘルス不調の従業員に対する対応策

メンタルヘルスに不調を抱える従業員は、遅刻・欠勤を繰り返したり、周囲とうまくいかなくなったり、仕事上の問題点が生じてきます。そこで、こういった従業員に対する対応策を確認したいと思います。

①問題点の指摘

ここでのポイントは、「評価」ではなく、「事実」を指摘することです。たとえば、「仕事が遅い」という評価ではなく、「何分間の遅刻が何日ある」など、客観的事実を指摘することが必要です。

②従業員に文書を提出させる

従業員に、①の事実に対する認否、反論(言い訳)を文書の形で提出させます。反論というかたちをとると、非常に強い口調で反論をしてくるなど、メンタルヘルス不調が現れやすいといえますので、メールなどでの反論は必ず保管しておいてください。

③改善策の提案

②を踏まえ、会社側から複数の改善策を提案します。

④従業員が改善策を選択

③で提案した複数の改善策について、どの方法を採るかを従業員に選択させます。会社に押しつけられているという感情をなくすため、従業員自身に選択させましょう。

⑤感情的にならない

最後に、もっとも重要なポイントとして、感情を入れずに①~④を淡々と行うことです。感情的な対応をしてしまうと、従業員の方から、いじめやパワハラといった別の反論が出てきかねませんので注意が必要です。

第4 復職

休職期間が満了に近づくと、次は、復職をいかに判断するかという問題が生じます。

まず、復職可否の判断をするのは、産業医や従業員の主治医ではなく、会社です。産業医等は重要な存在ではありますが、あくまで復職可否について助言をしているにすぎません。

次に、いかなる場合に復職可能と判断されるかというと、復職のためには、「治癒」が必要です。そして、治癒とは、休職事由の消滅、すなわち従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したことをいいます。

ここで重要なのは、休職命令の根拠となった休職事由が消滅したかについて判断しなければならないということです。そこで、前述したように休職に入る理由をしっかり検討し、記録に残しておくことが大事なのです。

① 職務限定特約がある場合

職務限定特約があるのであれば、原則として、従前の業務が遂行可能か否かだけを判断すればよいです。そして、従前の業務が遂行可能であれば復職可能ということになります。

② 職務限定特約がない場合

職務限定特約がない場合には、休職判断のときと同じように、限定された従前の職務にとどまらず、その人が配置可能な業務全般を対象に、業務遂行可能かを判断します。

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