特許法ケーススタディその9 発明の先行者の保護

<前提となる事実>
 Aさんは、家電の製造・販売を行うB社の従業員で、商品開発部に勤務しています。
 Aさんは、従来の製品と比べて、低コストでかつ浄水能力の高い浄水ポットαの開発に成功しました。
 B社は、就業規則に基づきAさんから浄水ポットαの特許を受ける権利を譲り受けました。そして、B社は、浄水ポットαの特許出願を行い、何の問題もなく浄水ポットαの特許権を取得しました。
 B社は、特許権取得後、浄水ポットαの製造・販売を開始しました。当初は順調に売り上げを伸ばしていましたが、ある時点から売り上げが減少していきました。調査をしてみると、ライバル会社のD社が浄水ポットαの設計と全く同一の浄水ポットβを製造・販売しており、これによって売り上げが減少したことが分かりました。
Q9. D社の浄水ポットβは、B社の従業員であるAが浄水ポットαの発明をするのと同時期に、偶然D社内で開発されたものでした。
 このような場合に、D社はB社の請求に応じなければならないでしょうか?
本件のポイント-
発明の先行者の保護(先使用の抗弁)

第1 はじめに

コラム「特許法ケーススタディその8 特許権者の権利行使が認められない場合」と異なり、D社内で開発されたに過ぎませんから、浄水ポットαの技術が世の中に出回っていたわけではありません。したがって、D社はB社の特許権の無効審判を申し立てたり、「無効の抗弁」を行ったりすることはできません。

しかし、D社としては、同時期に開発ができていたのに、全く保護されないというのは不公平だと感じることでしょう。そこで特許法は、特許出願よりも前に特許発明と同一技術を発明した者には、他人が特許権を取得した後も引き続き特許発明を利用できる権利を付与することにしました。この権利のことを「先使用権」と呼びます。

第2 先使用権の要件

先使用権が認められるためには、①特許発明の内容を「知らないで」自ら発明したことと、または発明を「知得」したこと、②特許出願の時点で、その発明の実施である「事業をしている」か「準備をしている」ことが必要です。

①特許発明の内容を「知らないで」自ら発明した、または発明を「知得」したこと

特許出願時までに、特許権者とは別ルートで発明を完成させたか、別ルートで発明をした者から知ったことを意味します。

②特許出願の時点で、その発明の実施である「事業をしている」か「準備をしている」こと

「事業をしている」とは、特許発明の実施行為のことを言います。これは自ら実施している場合だけでなく、下請業者などに発注して製品の製造をさせている場合なども含まれます。

「準備をしている」とは、単に実施行為に向けた全てのことが含まれるのではなく、実施行為の一段階前で、条件をクリアすれば実施されるのが確実な段階のことを言います。裁判例では、「即時実施の意図を有しており,かつ,その即時実施の意図が客観的に認識されうる態様,程度において表明されていること」(ウォーキングビーム事件、最判昭和61年10月3日民集40巻6号1068頁)という表現がされています。例えば、試作品が完成し納品した、量産するにあたっての見積書を作った、量産に向けた材料の発注をおこなった場合などに、「準備をしている」と認められます。

第3 本件の帰結

本件において、D社が上記要件を満たす可能性は高いでしょう。

この場合、D社は「実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内」で、特許発明を実施することができます。また、特許権者Bからの差止請求等に対しては、実施が正当化される事情があると反論することができます(いわゆる「先使用の抗弁」)。この「範囲内」という言葉が示すのは、簡単に言えば利用する発明や目的が同一であれば、発明当時実施または準備していた利用方法には必ずしも拘束されず、多少の変更も構わないことを意味します。

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