商標法ケーススタディその3 商標権者の権利行使が認められない場合

<前提となる事実>
 Aさんは、老舗和菓子店「あべ」を営んでいます。「あべ」は埼玉県に1店舗しかない小さな店ですが、地元では和菓子がおいしいと評判のお店です。
 この度「あべ」の和菓子が埼玉の銘菓に選ばれ、埼玉県周辺地域で話題になりました。そこでAさんは、これを機に「あべ」ブランドを全国に広めようと考えました。
 検討の結果、商標登録は難しいだろうと思い、「あべ」の商標登録をしないことにしました。
 もっとも地元では「あべ」のブランド力があることから、Aさんは和菓子店で商品には「あべ」の商標を付して製造・販売することを続けていました。
 Cさんは、Aさんの老舗和菓子店「あべ」と同じ商圏で和菓子店を営む、いわゆるライバル関係にある者です。Cさんは、「あべ」の商標登録がなされないのをどうにか利用して、Aさんを困らせてやろうと目論んでいました。
Q3. Cさんは、使用するつもりがないにもかかわらず、Aさんを困らせてやろうと考えて、指定商品を「菓子」として「あべ」商標登録を受けました。その上で、Cさんは、商標権侵害であると主張して、Aさんに対して、「あべ」の商標使用の差し止めと損害賠償請求をするとの警告書を送付した。
このとき、Aさんはどのような対応をとることができますか?
本件のポイント-
商標権者の権利行使を封じる方法

第1 はじめに

今回は、商標権者から権利行使がされた、またはそのおそれがあるときにどのように対応したら良いかを説明します。 まず事案を整理してみましょう。Aさんは従前から「あべ」という商標を使用しており、「あべ」の和菓子は埼玉県周辺地域では大変有名なものでした。このように従前から使用されていて商標を、他人が勝手に商標登録して、商標権を行使することを認めるのはどうもおかしいと感じることでしょう。そこで商標法は、このような場合にいくつかの対抗手段を用意しました。

以下、商標権侵害だと訴えられる前からできること(訴訟外での対抗方法)と商標権侵害だと訴えられた裁判でできること(訴訟内での対抗方法)に分けて説明します。

第2 訴訟外での対抗方法

コラム「商標法ケーススタディその1 商標権を取得するには」で紹介したとおり、そもそも「あべ」という商標は、識別能力がないとして拒絶される可能性が高いです。仮に識別能力を有する工夫がなされたとしても、本件のように、他人の「需用者の間に広く認識されている商標」と同一・類似の商標は、商標登録を受けることができません(商標法4条1項10号)。しかし、本件では、Aさんが使用していることが見過ごされて商標登録がなされてしまいました。

このような場合、Aさんは、商標登録があった旨の公報(商標法18条3項)が発行されてから2ヶ月間、本来登録できない商標であることを主張して、異議申立をすることができます(商標法43条の2第1号)。この異議申立が認められると、商標登録が取り消されて、はじめから商標登録がなかったとみなされます(商標法42条の3第2項3項)。

2ヶ月間の期間を経過した後であっても、商標登録の日から5年以内であれば(商標法47条1項)、本件商標は登録をすることができなかった事情があり無効であるとして、無効審判を申し立てることができます(商標法46条1項1号)。“無効である”との審決が確定すると、はじめから商標登録がなかったとみなされます(商標法46条2項)。

また、本件の場合、Cさんは「あべ」の商標を使用するつもりがありません。仮に商標の不使用が3年間継続した場合には、Aさんは、商標登録を取り消すよう審判を申し立てることができます(商標法50条1項)。但し、審判申立時に商標登録が消滅するという効果になる点(商標法54条2項)、無効審判の場合と異なります。

<まとめ:訴訟外での対抗方法>

①商標登録されたことに対する異議申立て

②登録商標の無効審判の申立て

③不使用を理由とする登録商標の取消審判の申立て

第3 訴訟内での対抗方法

この方法には、大きく分けて、①商標の使用が許される権利の存在の主張(使用権の存在)と、②性質上商標権者の権利行使が許されないケースであるとの主張(権利制限)の2つが考えられます。以下、詳しく説明します。

1 使用権の存在

典型的なケースは、商標権者から使用の許諾を受けて、登録商標を使用してもいい権利(使用権)を取得していた場合です(商標法30条1項、31条1項)。実務上「ライセンス契約」などと呼ばれているものがこれにあたります。

この「ライセンス契約」によるほか、商標法は、法律に定める一定の要件を満たす場合には、使用権が発生する旨規定しています。このような法律の定めによって発生する実施権のことを「法定使用権」といいます。

法定使用権の代表例が、「先使用権」と呼ばれるものです(商標法32条1項)。これは、既に形成されているブランド力を保護するため、商標出願前から登録商標を使用している者に、特別に使用権を認めたものです。具体的には、①商標権出願の前から同一・類似の指定商品・役務について同一・類似の商標を使用しており、②商標登録前からその商標の使用が需用者の間に広く認識されていた場合には、③商標の使用が不正競争の目的がない限り、実施権が認められます。

Aさんは、Cさんが商標権を獲得する前から「あべ」という商標を使用しており、そのことは埼玉県周辺地域では広く認識されていましたから、先使用による実施権が認められる可能性は高いでしょう。

2 権利制限

Aさんとしては、Cさんに訴えられた後に第2で説明したような対応をとり、「Cさんの商標権は無効になった!」と主張することも可能です。そうすると訴訟の対応をしながら無効審判や異議申立手続を行わなければならないことになるので、対応に追われて大変です。そこで商標法は、訴えられた裁判のなかで、「無効事由があるのだから、商標権者の権利行使は認められない!」と言うことができるようにしました(商標法39条、特許法104条の3第1項)。これを「無効の抗弁」と呼んでいます。無効の抗弁は、無効審判とは異なり、商標権がはじめから無かったことにはなりません。あくまでその訴訟での商標権者の権利行使を認めないという効果しかないという点に特徴があります。しかし、「訴えられてはじめて商標権の存在を知った」、「無効審判を申し立てる暇がない」というようなケースでは大変有用な対抗手段です。

またCさんは、Aさんを困らせてやろうという目的で商標権を取得しています。このように「商標のもつブランド力を保護しよう」という商標法の趣旨に反するような商標権の取得、および権利行使は権利の濫用であるとして認められないと主張することもできます(民法1条3項)。商標法上明確な根拠があるわけではありませんが、実務では頻繁に利用されているようです。

以上

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