雇用契約開始時に雇用契約書を交わすべきか?
第1 雇用契約書よりも就業規則の作成・周知を
新たに人を雇う際に、「従業員との間で雇用契約書を交わすのは当たり前じゃないか。」と思うかもしれません。
しかしながら,必ずしも個々に雇用契約書という書面を交わす必要はありません。
もし会社で就業規則が作成されていて、その内容が従業員に周知されていれば、その就業規則の内容は労働契約の内容となりますから(労働契約法7条本文),個々に雇用契約書を交わさなくても労働契約の内容は定まることになります。
したがって、就業規則があってそれが従業員に周知されている場合には、個別に雇用契約書を交わす必要はないのです。
むしろ,就業規則に加えて,個別に雇用契約書を交わすと,会社に不利益が生じるおそれもあります。
具体的には,個別に雇用契約書を交わしたことが「就業規則の内容と異なる労働条件を合意」したことになり、その結果、就業規則よりも、個々の雇用契約が優先してしまうおそれがあります。すなわち、いくら就業規則を綿密に作っていたとしても、就業規則の効力が否定されてしまうおそれさえあるのです。
加えて,就業規則の変更の効力が及ばなくなり、労働条件の変更が出来なくなる可能性もあります。(労働契約法10条・9条ただし書)。というのも、就業規則というのは、従業員との合意が無くても使用者側である程度は自由に変更ができるものです。一方、雇用契約書に記載された内容は、従業員の合意がなければ変更はできません。したがって、ある労働条件について規律した就業規則を変更したとしても、その条件が雇用契約書にも記載されているとすれば、従業員の合意が無い限り、その労働条件の変更はできないことになってしまいます。
このようなことから,就業規則が作成・周知されているのであれば、個々の労働者と雇用契約書を交わすことは得策ではないといえるでしょう。
また、もし,就業規則が作成・周知されていない会社では、個々の雇用契約書を交わすよりも、就業規則を整備した方が得策といえます。
第2 労働条件通知の方法
ここで注意が必要なのは,雇用契約書を交わさなくても,労働契約を締結しているのは間違いありませんから,労働者に対して労働条件を明示することは必要だということです(労働基準法15条1項)。
特に、賃金及び労働時間に関する事項等については,明示方法が書面の交付に限定されています(労働基準法施行規則5条2項・3項)。
では,この労働条件の明示は,どのように行うべきでしょうか。
一般論としては、就業規則の説明をして,労働者の署名を求めるのが良いでしょう。
そして、その際には,単に、「就業規則の内容を見た」ことについての署名を求めるべきであり,「就業規則通りの条件で就労することに合意する」ことについての署名を求めるべきではありません。なぜなら,「就業規則通りの条件で就労することに合意する」とすると,労働者個人と個別合意をしたと解釈されかねないため,せっかく個別に雇用契約を交わさなかった意味がなくなってしまうからです。
第3 就業規則の周知の方法
さらに、就業規則の周知について説明しておきます。就業規則の内容が労働契約の内容となる為には就業規則の周知が必要ですから(労働契約法7条本文),就業規則の周知がなされていないと,就業規則の内容が労働契約の内容とならなくなってしまいます。
そこで,就業規則を各作業場の見やすいところに常時備え付けたり,また,社内のイントラネットなどを用いて,閲覧できる状態にしておいたりすることが必要です。
第4 最後に
結局、使用者にとっては、雇用契約を締結するよりも、就業規則をきちんと整備してから雇用をしたほうが得策と言えます。
しかし、間違った内容の就業規則を作ってしまうと、かえって無駄なトラブルを招きかねません。
就業規則の作成をお考えの方や、雇用の際の手続についてお悩みの方がいましたら、是非ご相談下さい。