配置転換
第1 はじめに
ローテーション型と称して何年かに一度は必ず部署間の人事異動があったり、また、部署や支社の人員不足・統廃合などの理由で人事異動をしたりすることがあると思います。
人事異動をする際、従業員が素直に異動に応じてくれれば何の問題も生じません。問題が生じるのは、従業員が「異動は嫌だ」と主張した場合です。このような場合に、個々の従業員の同意をとらずに人事異動を強制できるのでしょうか。すなわち、雇用主は従業員の意思に反する人事異動命令を出せるのかが問題となります。
今回のコラムでは、人事異動命令のうち配置転換に関するものの有効性について説明します。出向や転籍に関する人事異動命令の有効性については、コラム「出向・転籍」を参照してください。
第2 配置転換
1 配置転換とは
配置転換(配転)とは、従業員の配置の変更であって、職務内容または職務場所が相当の長期間にわたって変更されるものをいいます。職務場所の変更が伴う場合は、「転勤」といったりもしますね。配置の変更が長期間でない場合は「出張」や「応援」といわれます。
2 配転命令権の存在
では、雇用主は配置転換をする際に、必ず個々の従業員の同意をとらなければならないのでしょうか。
配転命令は、労働協約や就業規則等に包括的な根拠規定が置かれている場合が多く、従業員の個別同意は不要であると考えられています。最高裁昭和61年7月14日判決(東亜ペイント事件)も同様の判断をしています。
もっとも、従業員が個別に特約を結んでいる場合には、特約が優先されます(労働契約法7条ただし書)。そして、この特約としてよく問題となるのが、①職種の限定、②勤務地の限定です。ただ、特約が明示されている例は多くないため、特約の有無が争いになった場合には、諸般の事情を総合的に考慮して判断されることになります。
(1) ①職種の限定
職種限定特約の有無を、職務内容の専門性、採用の経緯、過去の配転実績、勤務形態、給与体系、業務系統(事務職か現業か)、勤務実績等諸般の事情から総合的に判断しています。
そして、裁判例を通してみますと、職務の性質上特殊な技術・技能・資格を有する場合にのみ職種限定特約を認めて、そうでない場合には職務限定特約の存在を認めない傾向があると思われます。たとえ同一の業務に長期間従事している等の事情があっても、高度の専門性が認められない限りは職種限定の特約が認められないのです。
これを踏まえ、以下のような場合には職種限定特約があると判断されやすいといえるでしょう。
a.特殊な技能や資格を必要とする職種であること
b.他職種とは別の選考試験を行い採用していること
c.職種別賃金体系を採用していること
d.入社後特別の研修・訓練を受け、一定の技能に達することが必要なこと
e.他職種への配転実績が乏しいこと
一方、職種限定特約がないと判断されやすいのは以下のような場合になります。
a. 就業規則等の配転条項で、当該職種が排除されていないこと
b. 長期雇用が予想されていること
c. 他職種への配転実績があること
- ※職務限定特約に関する裁判例の紹介
- 【職種限定を肯定した裁判例】
・看護師(東京地裁平成10年9月21判決)
・調理師(大阪地裁平成16年1月23日判決)
・キャディー(宇都宮地裁平成18年12月28日判決)
・損保外勤職員(東京地裁平成19年3月26日判決)
【職種限定を否定した裁判例】
・専門学校の教員(さいたま地裁川越支部平成17年9月1日判決)
・機械工(最高裁平成元年12月7日判決-日産自動車村山工場事件)
・タクシー運転手(福岡高裁平成11年11月2日判決)
・フライト・アテンダント(東京高裁平成20年3月27日判決)
(2) ②勤務地の限定
いわゆる地域限定採用が勤務地の限定の典型例です。主婦のパート・タイマーとしての採用も勤務地が限定されていることが多いでしょう。
これに対し、長期雇用を前提とした総合職の場合は、全国転勤が想定されている場合が多く、勤務地の限定の特約が認められる可能性は低いといえます。もっとも、大阪高裁平成17年1月25日決定のように、管理職として中途採用された従業員について、採用の経緯、過去の配転実績等を踏まえ、勤務地の限定合意があると判断している裁判例もあります。ですから、総合職だからといって勤務地の限定特約が認められないわけではありません。
裁判例の傾向からは、以下のような場合に勤務地の限定特約が認められやすいといえます。
a.労働者に固定された生活の本拠があることが前提とされている
Ex.パート・タイマー
b.求人票に勤務場所を特定する記載がある
c.同様の配転実績が乏しい
一方、勤務地限定特約が認められにくいのは以下のような場合です。
a.長期的にキャリアを発展させることが予定されている
b.同様の配転実績がある
3 配転命令権の濫用
上記で検討したような配転命令権があったとしても、権利の濫用になるような配転命令権の行使は認められません(労働契約法3条5項)。 具体的には、最高裁昭和61年7月14日判決(東亜ペイント事件)は、①業務上の必要性がない場合、②職業上または生活上の不利益が著しい場合、③不当な動機・目的がある場合、には配転命令権の権利濫用になると判断しています。とはいえ、これらの基準は抽象的なものですので、裁判例がどのような判断をしているか具体的に確認していきたいと思います。
(1) ①業務上の必要性
前掲の東亜ペイント事件は、「業務上の必要性」について、“余人をもっては容易に代え難いというような高度の必要性ではなく、企業の合理的運営に寄与する程度で足りる”と判断しました。東亜ペイント事件の判断のように、裁判例においては業務上の必要性については、比較的広く認められる傾向があります。
【業務上の必要性が認められた裁判例】
・定期的な人事異動(東京高裁平成8年5月29日判決)
・欠員補充(最高裁平成12年1月28日判決)
・研究開発の効率化(福岡高裁平成13年8月21日判決)
・適性を欠く者の配置換え(東京地裁平成22年5月25日判決)
【業務上の必要性が認められなかった裁判例】
・職場で敬遠されていることのみを理由に適性のない部署への異動
(大阪地裁平成3年3月29日決定)
・長時間の新幹線通勤を強いるほどの業務上の必要性がない
(大阪高裁平成21年1月15日判決)
(2) ②職業上または生活上の不利益が著しい
【職務上の不利益が著しいと認められた裁判例】
(ア)職務上の不利益
・大幅な賃金の減額及び権限の縮小を伴う配転(釧路地裁帯広支部平成9年3月24日判決)
・情報システム専門職から、技術・経験をおよそ活かすことのできない倉庫係への配転(東京地裁平成22年2月8日判決)
【職務上の不利益が著しいと認められなかった裁判例】
・責任範囲や指揮命令が大幅に縮小されていない配置換え(東京地裁平成22年5月25日判決)
(イ)生活上の不利益
【生活上の不利益が著しいと認められた裁判例】
・要介護状態にある親の介護(大阪高裁平成18年4月14日判決)
・重度の障害を持つ子の養育(札幌地裁平成9年7月23日決定)
【生活上の不利益が著しいと認められなかった裁判例】
・単身赴任(最高裁昭和61年7月14日判決-東亜ペイント事件)
・通勤時間の長期化(最高裁平成12年1月28日判決)
生活上の不利益について、他に考慮しなければいけないのは、従業員の健康状態です。たとえば、特定の疾患があって現在通院中の病院に継続して通う必要があるような場合には、その点に対する配慮も必要になります。特に精神疾患の病歴があったり、他の病気でも通院歴があるような従業員に対しては、配転命令を出す際に極めて慎重な判断が必要になりうることに注意してください。
なお、生活上の不利益に関しては、法律で、転勤により従業員の育児・介護が困難にならないよう雇用主が配慮する義務が定められています(育児・介護休業法26条)。
(3) ③不当な動機・目的
不当な動機・目的を肯定した裁判例には、以下のものがあります。
・従業員を退職に追い込む目的、報復目的(神戸地裁平成16年8月31日判決)
・組合員を不利益に扱う目的(東京地裁平成4年6月23日決定)
・内部通用を行ったことによる制裁目的(東京高裁平成23年8月31日)
以上のように、裁判例は3つのチェックポイントから濫用の有無を判断することが多いですが、これらのチェックポイントをそれぞれ独立して検討するのではなく、業務上の必要性と従業員の不利益の比較衡量によって濫用の判断をしている裁判例もあります。