退職金にまつわる法律知識

第1 はじめに

退職金は、法律で会社に支払義務があるわけではありませんが、就業規則の退職金規程で制度化されている会社も多いと思います。そして、就業規則の退職金規程には、同時に退職金不支給規定や減額規定も定められていることでしょう。

雇用主の方が気になるのは、退職金不支給(減額)規定についてだと思いますので、今回のコラムでは主にその点に触れていきます。

第2 退職金とは

1 退職金の性格

退職金の不支給(減額)について触れる前に、退職金とはどのようなものかについて簡単に説明したいと思います。

に退職金規定があったら中身を見ていただきたいのですが、退職金支給額の算定は、一般に基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて行われることが多いです。これは、勤続に応じて額が加算されていくことを意味しますので、退職金が賃金後払い的性格を有していることを意味します。

同時に、退職金規定上、自己都合退職と会社都合退職で支給基準が区別されていたり、勤務成績が勘案されていたりすることも多いです。これは、過去の勤務が同じでも、会社への貢献度によって支給額に差異が生じるということですから、退職金が功労報償的性格を有していることを意味します。

以上から、退職金は、一般的に、賃金の後払い的性格と功労報償的性格を併せ持っていると考えられています。仮に退職金が賃金後払い的性格のみを有するとすると、退職金を不支給(減額)とすることはできません。なぜなら、一度発生した賃金債権を雇用主が一方的に消滅させることはできないからです。功労報償的性格を併せ持つからこそ、後で述べるような退職金の不支給(減額)が可能になるのです。

2 労使慣行と退職金支給

就業規則に退職金規程がある場合が多いと思いますが、そのような規定がなくても退職金の支払いが必要な場合があります。それは、明確な契約上の根拠はないけれどこれまで社内の慣行として退職金が支払われていた場合(=労使慣行)です。

例には、従前、退職者全員に対して基本給プラス諸手当に勤続年数を乗じた金額の退職金を支払っていたこと、当該従業員が入社するに際して退職金制度があると説明したことなどから就業規則に退職金規程がないにもかかわらず退職金の支払いを認めたものがあります(東京地裁平成2年2月23日判決)。

3 時効

また、便宜上ここで触れておきますが、退職金債権の時効は5年です。賃金の時効は2年ですから、賃金よりはだいぶ長い期間の時効が法定されています(労働基準法115条)。

第3 退職金不支給(減額)の可否

1 就業規則の規定が必要

まず、そもそもの前提として、退職金不支給(減額)規定を就業規則等で定めていない場合、原則として、退職金を不支給(減額)とすることはできません。就業規則等に退職金規定が定められている以上、それが雇用契約の内容となりますので(労働契約法7条本文)、雇用主側の一方的判断で退職金を不支給(減額)することはできないからです。

2 退職金不支給(減額)の可否

では、退職金規程に懲戒解雇またはそれに相当する場合には退職金を不支給(減額)とするというような規定があり、それに該当すれば、常に退職金の不支給(減額)が認められるのでしょうか。

裁判例には、懲戒解雇自体が有効であっても、直ちに退職金の不支給(減額)が認められるわけではないと限定的な判断をしているものがあります。具体的にみてみましょう。

まずは、退職金全額の不支給を認めた裁判例です。

■東京地裁平成18年1月25日判決(日音(退職金)事件)
【事案】
被告の従業員であった原告らが、①事前に一切の連絡なく、②退職時の引継ぎを一切せず退社しました。そして、退社に際して、③無断で在庫商品を社外に運び出す、顧客データ等をコピーして社外に持ち出す、パソコン内のデータを消去するなどをしました。
以上のような事実関係の下、原告らが、会社に対し、退職金の支払いを請求しました。

【判断】
従業員の行為は、労働義務の不履行(服務規程違反)や、職場秩序を乱す行為(就業規則又は他の諸規則違反)に該当し、これまでの勤続の功を抹消してしまうほどの信義則違反があると判断し、退職金全額不支給を認めました。

一方で、退職金の不支給(減額)が認められるわけではないと限定的な判断をした裁判例も確認してみましょう。

■東京高裁平成15年12月11日判決(小田急電鉄(退職金不支給)事件)
【事案】
従業員が電車内で痴漢行為を行って逮捕され、罰金刑を受けた。そこで、会社はこれを理由とする懲戒解雇処分をし、退職金を全額不支給とした。

【判断】
退職金を全額不支給にするには「当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為」が必要であると判断しました。そして、本件の痴漢による逮捕・罰金刑が業務とは関係ない私生活上の行為であったこと、従業員のこれまでの20年余の勤務態度が非常にまじめであったことなどから、退職金全額の不支給ではなく7割の減額に止め、3割の退職金を支給すると判断しました。

これらの裁判例のように、退職に際して「それまでの勤続の功を抹消又は減殺するほどの著しい背信行為」があるかどうかが、退職金不支給(減額)が認められるかを判断するための裁判例の一般的基準となっています。そして、この基準は、退職金全額不支給を認めなかった小田急電鉄事件のように、懲戒解雇の場合にも妥当します。雇用主の方の中には、“懲戒解雇の場合は、当然に退職金は支払わないもの”と思っている方もいるかもしれません。しかし、それは間違いで、直ちに懲戒解雇=退職金不支給という関係にあるわけではなく、上記裁判例の判断のように、「勤続の功を抹消するほどの高度の背信性」があるか否かによって退職金支払いの有無が判断されることになります。

したがって、仮に裁判になった場合に、会社側としてしなければいけないのは以下の2つです。

①退職金不支給(減額)事由に該当する事実の存在を主張・立証すること

②従業員の背信行為を主張・立証すること

以上の点を主張・立証するためには、会社の損害、額の大きさ、営業努力によって回避できるか等を主張するのがよいでしょう。そこで、日頃からこれらの主張・立証ができるような記録や資料を作成・保存することが求められます。

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