債務名義と執行文の付与
第1 はじめに
今回のコラムでは、不動産執行や動産執行など強制執行の種類にかかわらず、強制執行を行うために必要なことについて説明していきたいと思います。具体的には、強制執行をするには、①債務名義の付与と、②執行文の付与が必要になりますので、その2点について触れていきます。
第2 ①債務名義の付与
1 債務名義が必要とされる理由
債務名義とは、私法上の請求権の存在と範囲を表示した公的な文書で、法律により執行力が認められたものをいいます。どのようなものが債務名義にあたるかは、民事執行法22条各号に規定されています。
強制執行に債務名義が必要とされる理由は、簡単にいうと、簡易迅速に債権者の権利実現を図るためです。強制執行を行う国家機関(「執行機関」)としては、債権者の権利の存在およびその範囲が明らかでないと、どのような財産に対してどの程度の執行手続を行えばいいのか分かりません。仮に執行機関が、強制執行を行う度に権利の存否とその範囲について判断するとなると、多くの時間と労力が必要になります。これでは、簡易迅速な権利の実現を図ることができません。そこで、債権者に権利の存在とその範囲が公的に明らかにされた文書を用意させることで、執行機関はその文書に基づき強制執行を行えばよい、という制度にしました。
2 債務名義の種類
以下では、民事執行法22条に規定された債務名義のうち、重要なものについて説明していきます。
(1) 確定判決(民事執行法22条1号)
確定判決とは、それ以上の上訴ができない状態に達した判決のことをさします。判決には、給付判決、確認判決、形成判決の3つがありますが、債務名義となるのは給付判決だけです。さらに、給付判決の中でも、その性質上強制的に実現することに馴染まないものは債務名義にはなりません。たとえば、原告と被告が夫婦であった場合、「原告と被告は同居せよ」という給付判決は可能ですが、その給付判決を債務名義として同居の強制執行をすることはできません。同居を強制的に実現するとなると、観念的には身柄を拘束する等の措置が必要となり、人道に反すると考えられているからです。
(2) 仮執行宣言付判決(民事執行法22条2号)
財産上の請求に対する判決については、裁判所は場合によって仮執行宣言をすることができます(民事訴訟法259条1項)。仮執行宣言がなされると、判決確定前であっても、強制執行手続を行うことができます。もっとも、あくまで「仮に」権利の強制的な実現が許されるに過ぎません。後の裁判で、債権者が敗訴した場合には、受領した金銭等を債務者に返還しなければなりません。
(3) 仮執行宣言付支払督促(民事執行法22条5号)
支払督促とは、金銭等の給付を目的とする請求について簡易裁判所の書記官が発する処分のことをいいます(民事訴訟法382条以下)。簡単にいうと、裁判所を通じて相手に金銭の支払を促すことです。
債権者が簡易裁判所で支払督促の申立てをすると、債務者に支払督促が送達されます。その後、2週間以内に債務者が督促異議を申し立てなければ、債権者は支払督促に仮執行宣言を付するよう申し立てることができます。これで仮執行宣言付支払督促として債務名義となり、強制執行が可能となります。
支払督促については、注意してもらいたい点が2点あります。
まず1点目は、支払督促の申立て、仮執行宣言を付することの申立てと2段階の申立てが必要だと言うことです。支払督促の申立てをしただけだとまったく意味がありませんので気をつけてください。
2点目は、債務者の異議があると通常訴訟に移行することになるということです(民事訴訟法395条)。支払督促自体は簡易な手続なのですが、訴訟に移行するとなると負担も大きくなりますので、訴訟に移行する可能性もあることを認識しておいてください。債務者の異議が出ない場合は非常に使い勝手がいい制度なので、相手がこちらの請求を無視するだろうとわかっているような場合は、積極的に利用するとよいでしょう。
(4) 執行証書(民事執行法22条5号)
執行証書とは、金銭の一定の額の支払等を目的とする請求に関するもので、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述(これを「執行受諾文言」といいます。)が記載されている公正証書のことをいいます。例えば、金銭を貸す場合に、貸主と借主が公証人のところに行き、公証人に執行受諾文言を付した金銭消費貸借契約書を作成してもらうことがあげられます。この執行証書があると、貸主は借主が返還期限を過ぎてもお金を返してくれない場合、訴えを提起することなく民事執行の申立てができます。
この執行証書が利用できるのは、金銭執行、すなわち金銭債権を実現するための強制執行のみです。したがって、建物の明渡しなどの非金銭執行の場合には執行証書を用いて判決手続を省略することはできません。
(5) 確定判決と同一の効力を有するもの(民事執行法22条7号)
これに該当するものでもっとも多く利用されるのは、訴訟手続における和解調書(民事訴訟法267条)です。他にも、訴訟手続における請求認諾調書(同条)、調停調書(民事調停法16条)、などがあります。
第3 ②執行文の付与
1 執行文とは
強制執行は、上記のような債務名義に基づいて行われますが、より具体的にいうと、執行文の付与された債務名義の正本に基づいて実施されます(民事執行法25条本文)。
簡単に言葉の定義を説明しておきますと、執行文とは、債務名義に強制執行を行うことができる効力(執行力)があることを公的に証明する文書のことをいいます。また、正本とは、公証権限のある公務員が原本に基づいて作成し、法令により原本と同一の効力が付与された写しのことです。
執行文は、有効な債務名義あるということを、執行開始よりも前にあらかじめ調査・判断することで、執行を担当する執行機関を執行の実施に専念させる点に意味があります。
ですから、債権者としては、債務名義入手後、執行の申立てをするまでの間に執行文の付与を受ける必要があります。
2 執行文の種類
執行文には以下のような類型があります。
(1)単純執行文
債務名義の内容について、表示通りの執行力を認める執行文です。
(2)条件成就執行文(民事執行法27条1項)
債権に条件が付されていた場合に、債務名義を付与する機関によりその条件の成就が確認されてから作成される執行文です。たとえば、「債務者が自己都合で本契約を解除したときは、債務者は債権者に対し、100万円を支払う」という条項が債務名義にある場合があげられます。
(3)承継執行文(民事執行法27条2項)
たとえば、債務名義上の当事者が死亡して相続があった場合、相続人名義の債務名義がなければ強制執行ができないというのでは、非常に非効率です。そこで、債務名義に表示された請求権について、権利・義務の承継があったことを付与機関が確認して、債務名義に表示された者以外の者に執行力が及ぶことを認める執行文です。具体的には、相続があった場合には、戸籍謄本を提出して執行文の付与をうけます。
(4)債務者不特定執行文(民事執行法27条3項)
一定の要件の下、債務者を特定せずに付与される承継執行文です。占有者を次々に入れ替えるなどの執行妨害に対抗するための執行文です。
3 執行文付与手続
執行文の付与の手続は、執行証書とそれ以外の債務名義で区別されます。
まず、執行証書については、その原本を保管する公証人が執行文を付与します。
それ以外の債務名義については、事件記録の存在する裁判所書記官が執行文を付与します。
執行文の付与を求める場合は、いずれの債務名義も執行文付与の申立書を提出して行います(民事執行規則16条21)。確定しなければ効力を生じない債務名義については、裁判所書記官が作成する確定証明書を添付することが必要です(民事執行規則16条2項)。
執行文付与の要件が満たされていると判断されたときは、「債権者が債務者に対しその債務名義により強制執行をすることができる」旨を債務名義の正本の末尾に付記する方法で執行文の付与が行われます(民事執行法26条2項)。