最判平成25年2月28日(根抵当権設定登記抹消登記手続請求本訴、貸金請求反訴事件)~消滅時効期間を経過した自働債権と相殺
2015年08月25日
1. 事案の概要
本件は、金銭消費貸借契約の借主が、消滅時効期間を経過した債権を自働債権とした相殺等により、貸金債権が消滅したと主張した事案です。
平成14年1月、Xは、Aとの間で、457万円を借り入れる旨の金銭消費貸借契約(民法587条)、及びX所有の不動産について根抵当権設定契約(民法176条)を締結しました。この金銭消費貸借契約には、支払いを遅滞したときは当然に期限の利益を喪失する旨の特約(いわゆる期限の利益喪失特約)がありました。その後、Aは、Yに吸収合併され、Aの貸主たる地位はYが承継しました。
Xは、A及びYに対して、上記金銭消費貸借契約に基づく貸付金について、継続的に返済を行っていました。しかし、平成22年7月分の返済が滞ったため、Xは、上記特約に基づき期限の利益を喪失しました。なお、この時点における貸金債権の残額は、約189万でありました。
XとYは、過去に金銭消費貸借契約を締結しており、その際過払い金が約18万円ありました。そこでXは、平成22年8月、Yに対して、過払い金の返還請求権(民法703条)を含む合計約28万円の債権を自働債権として、貸金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしました。その後、Xは、Yに対して、上記相殺が有効であることを前提にして、貸金債権の残額に相当する約167万円を返済しました。なおYは、平成22年9月、上記過払い金返還請求権の消滅時効を援用する意思表示をしています。
その後、Xは、Yに対して、被担保債権である貸金債権が相殺及び弁済によって消滅したことを理由として、上記根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めて訴えを提起しました。これに対してYは、過払い金債権は時効により消滅する以前に貸金債権と相殺適状になかった以上、Xの相殺は無効であると主張し、貸付金の残額の支払いを求めました。
2. 判決要旨
最高裁は、まず「既に弁済期にある自働債権と弁済期の定めのある受働債権とが相殺適状にあるというためには、受働債権につき、期限の利益を放棄することができるというだけではなく、期限の利益の放棄又は喪失等により、その弁済期が現実に到来していることを要する」と判示しました。そうすると、本件において、過払い返還請求権(自働債権)と貸金債権(受働債権)が相殺適状になったのは、Xが期限の利益を喪失した平成22年7月になります。
その上で、民法508条に基づき、時効によって消滅した債権を自働債権として相殺をするためには、「消滅時効が援用された自働債権はその消滅時効期間が経過する以前に受働債権と相殺適状にあったことを要すると解される」と判示しました。そして、本件では、上記相殺適状になった時点よりも前に、過払い金返還請求権の消滅時効期間は経過していたので、民法508条は適用されず、Xの相殺は効力を有しない、と結論づけました。その結果、貸金債権は残っているので、Xの根抵当権設定登記抹消登記手続請求は認められず、Yの貸金返還請求のみが認められました(貸金の残額を明らかにするため、原審に差し戻されました)。
3. 実務に与える影響
本判決の解釈方法は、相殺と期限の利益の喪失に関する民法の規定を、文言通りに解釈したものだ、と評価することができます。したがって、本判決の解釈方法は、相殺一般に通じる解釈方法であり、その射程は広いと考えられます。
なお実務上、債権管理の一貫として相殺という方法が採られることは少なくありません。そして、本判決によって、自働債権だけでなく受働債権についても、期限の利益の放棄や喪失により現実に弁済期が到来していなければ、相殺が認められないことが明らかになりました。本判決は、債権管理の在り方として、自働債権の時効だけでなく受働債権の弁済期についても配慮を促したという点で、実務上も大きな意義があるでしょう。
以上