契約書作成の基礎(総論)
第1 「契約」とは何か?
「契約」とは、簡単に言うと、拘束力のある約束です。
契約は、当事者間の意思表示が合致、具体的には一方の「申込み」とこれに対する「承諾」があれば、それだけで成立するのが原則です。したがって、契約書を交わさずとも、口頭のやりとりだけで契約は成立するのです。
たとえば、ケーキ屋さんでケーキを買うとき、「このイチゴショートください。」「かしこまりました、このイチゴショートですね。」と会話するだけで契約は成立しています。いちいち売買契約書を交わす必要はありません。
- ※注:意思表示の合致だけでは契約が成立しない場合
- 契約の種類によっては、意思表示の合致だけでは契約は成立しないものがあります。たとえば、以下の契約は書面(=契約書)を作成しなければ、契約は成立しないと法律に定められています。
・借金の保証人になる保証契約(民法446条2項)
・契約期間の延長を認めずに土地を貸す定期借地契約(借地借家法22条)
・紛争になった場合にどの裁判所で争うかをあらかじめ決めておく管轄合意(民事訴訟法11条2項)
また、金銭消費貸借契約(お金の貸し借り)の成立には、申込みと承諾に加え、現実にお金の交付が必要となります(民法587条)。これも例外1つです。
第2 申込みと承諾とは
1.「申込み」と「承諾」の意味
契約が成立するには、「申込み」と「承諾」が必要です。
申込みとは、相手方の承諾があれば契約を成立させるという意思表示をいい、承諾とは申込みとあいまって契約を成立させる意思表示をいいます。たとえば、先ほどの例でいうと、「このイチゴショートください。」との言葉がイチゴショートの売買契約の申込みで、「かしこまりました、このイチゴショートですね。」との言葉が申込みに対する承諾ということになります。
これに似たものに、「申込みの誘因」というものがあります。「申込みの誘因」とは、相手方に申込みをさせようとする意思の通知をいいます。たとえば、「イチゴのショートケーキ 400円」という表示は、「どなかた、400円で購入するという申込みをしませんか?」という内容の、申込みの誘因にあたります。
もちろん、申込みの誘因の内容とは別の申込みをすることもできます。仮に「ショートケーキ 400円」という値段の表示に対し、「300円なら買いますよ」と言ったとすると、その内容の申込みがあったことになります。したがって、もし、売主(ケーキの販売者)が、これに承諾すると、300円で買うという契約が成立することになります。
2.いつまでに承諾すればいいの?
申込みに対する承諾は、特に期限を決めなければ、対話している場合には直ちに、隔地者(離れた場所にいる人)の場合には相当期間が経過するまでに承諾しないと、契約が成立しません。
したがって、「○○日以内に回答が無いときは承諾したものとみなします。」などという取り決めをしても意味はありません。
ただし、会社や事業者の取引では、普段から取引のある者から、その営業に属する契約の申込みを受けた場合、これに対して拒絶する回答をしないときには、遅れることなくその申込みを承諾したものとみなされます(商法509条2項)。簡単に言えば、お得意様からいつもの取引に関して申込みを受けた場合には、すぐにこれに回答しないと、その申込み通りの内容で契約が成立したと扱われるということです。商売をしている方にとってはきわめて重要な規定ですので、注意が必要です。
よく、取引基本契約書には、「個別契約は、注文者が発注書を交付し、これに対し受注者が請書を交付することによって成立する。」などという規定がありますが、これはこの商法の規定を廃除する趣旨です。
第3 「契約書」はなぜつくる?
上記のとおり、「契約」とは拘束力のある約束にすぎませんから、契約書を作らなくても口頭で契約は成立します。
しかし、口頭での約束それ自体は目に見えないので、何か目に見えるように形を残さないと、どのような契約内容であったかやそもそも契約があったかなど様々なトラブルが生じるおそれがあります。
そこで、以下のような長所を持つ「契約書」を使うことで、「目に見えない約束」である契約を見えるようにして、トラブルを防止していくのです。
①証拠としての意味(証拠として使い勝手がよい)
契約が成立した証拠になる、つまり誰と誰が、どのような内容の契約をしたのかを明らかにできる点に1つ目の意義があります。
もちろん証拠として残すのであれば、たとえば、契約の内容をすべて録音・録画することも考えられます。しかし、この方法だと、どんな内容の契約だったかはすべてを再生しなければならないので、一見しただけでは契約内容は分かりません。この点契約書は、知りたい部分だけを視覚的に確認できる点で便利です。このような利便性から、契約書というものが広く社会で利用されているのでしょう。
②確認手段としての意味
契約書を作成することで、契約締結までの交渉の過程が明確になります。また、契約書に署名を求めることで、社内で権限のある人が契約を締結していることがはっきり確認できます。会社の代表者の印鑑を求めることで、誰が契約に関わったかが明確になるという意味もあります。
③事実上、信用性を高める
大きな会社が口約束で何億円もの契約をしても、「本当にこんな高額の契約ちゃんと履行してくれるのか」、「後でなかったことにされるんじゃないか」というように相手方から不安に思われてしまうでしょう。このように、契約書が無いと、義務を果たす意思があっても信用性を欠いてしまうのです。
これとは逆に、小さな会社でも、しっかりした契約書があれば周囲からの信用を得られることがあります。
第4 契約書を作成する際の心構え
1.「契約書」の怖さを知ること
契約書には、以上のような機能がありますが、この中で何よりも重要なのは、上記①の証拠としての意味です。
裁判で契約書が証拠として提出されたら、「その契約書をしっかり読まなかったからサインしたけど、そのような合意をするつもりは無かった。」とか「契約書にはそう記載されているけども、実際の合意の中身とは違う。」という反論を通すのは難しいのです。したがって、安易に判を押すのは絶対避けるべきです。必ず契約書の中身は慎重に読んで下さい。
また、裁判では、契約書に、その当事者が普段使っている印鑑が押されているか、そこに本人の直筆の署名があれば、基本的にはその契約書どおりの契約が有効に成立したものと扱われます。それだけ実印というのは重要なものですので、実印の管理は細心の注意を払って下さい。
2.契約書の原案は自分たちの側が作るようにすること
契約書の原案は、相手方に作らせるよりも、自分たちの側で作ったほうがよいでしょう。なぜなら、自分たちの側で契約書案を作ったほうが、締結交渉を有利に進めることが出来るからです。また、仮に紛議が生じても、「とりあえずこれで行きましょう。」などと言ってなし崩し的にまとめることも出来ます。
3.相手方の提示に納得できない箇所は修正を求めること
一般の方の中で、一度の提示した契約書案は修正をすることは出来ないと考えている方がいらっしゃいます。しかし、これは大きな間違いです。
先の説明のとおり、契約書案の提示は、「申込み」に過ぎず、これに対して「承諾」が無ければ、契約は成立しないのです。もし相手の「申込み」の内容に納得できなければ、こちらから新たに別の「申込み」をすべきです。
もちろん、大手会社の約款などは修正には応じないと思われますが、通常の契約であれば、いくらでも修正を求めることは出来ます。
したがって、相手方の提示に納得できない箇所があれば、(実際に修正を求めるかどうかは別にして)修正を求めることを検討すべきでしょう。