事業譲渡契約についての注意点

第1 はじめに

事業譲渡とは、会社が取引行為として「事業」を他人に譲渡する行為のことを言います。このような「事業」という文言が入ると、なにか難しいものを想像する方もいらっしゃるかもしれません。確かに実務上様々な手続が必要でややこしい側面があることも事実です。しかし、その本質というのは、実はある会社に帰属している個々の財産を、いわば“パッケージ商品”として取引する一種の売買契約(民法555条)だと考えることができます(以上、詳しくはコラム「組織再編と事業譲渡」参照)。

上記の説明を前提にすると、事業譲渡契約の契約書の作成にあたっては、売買契約の契約書に記載すべきポイントと同じ点に注意すればいい、と考えることができます(詳しくはコラム「売買契約についての注意点」参照)。具体的には、①何を譲渡するのかという事業譲渡の目的に関する事項と、②その対価に関する事項の2点の記載に注意する必要があります。

他方で、事業譲渡には法令上一定の規制がなされています。したがって、後のトラブルを避けるために、③法令上の規定に配慮した条項を設置しておくといいでしょう。

事業譲渡がなされた場合、従前からその事業に従事していた従業員の地位はどうなるのか、という問題が発生します。事業を譲渡する会社の内部で配置転換する場合もあれば、従業員の専門的スキルを活かすため、引き続きその事業に従事させる場合もあります。いずれの方法にしても、④事業に従事していた従業員の処遇に関する事項も、契約書にキチンと記載しておくことが重要となります。

第2 事業譲渡契約の契約条項

1 譲渡する事業について

(1) 対象の特定

契約書には、何を事業譲渡の対象とするのかを特定するに足りる事項を記載しなければいけません。「○○に関する事業の全部」という記載がなされることがありますが、後の紛争を回避するためには、対象を具体的に記載した方がいいでしょう。個別に列挙することが難しい場合には、「○○事業に係る資産、負債、及びこれらに付随する一切の権利義務」という包括的な記載をした上で、譲渡の対象から除外するものを列挙するという方法も考えられます。

なお1つの事業のうち、プラスになる財産のみを譲渡して、マイナス部分(債務)は譲渡会社に残しておく、ということも可能です。しかし、事業の譲受会社が「債務は承継していない」と常に主張できるわけではありません。法律上、債権者が債務も承継されたと誤信するに足る事情がある場合には、たとえ契約で債務を承継していなかったとしても、譲受会社がその債務を負担しなければならないことがあります(会社法22条1項)。ある事業を切り分けて譲渡する場合には、債権者など第三者との関係でも紛争が生じないか、という点にも注意する必要があります。

(2) 財産権の移転の時期・付随する手続について

譲渡された財産は、以後譲受会社のものになるわけですから、いつ物の所有権や債権・債務が移転するのかは大変重要な事項になります。したがって、権利の移転時期、言い換えれば事業譲渡契約の効力発生日をいつにするのかを、契約書に明記しておくといいでしょう。この効力発生日を定めるにあたっては、下記の会社法の手続(本コラム「3 法令上の規制について」参照)の進捗状況に注意する必要があります。

法律上、確定的に財産の承継がなされたと言えるためには、「対抗要件」を具備する必要があります。不動産であれば登記(民法177条)、動産であれば引渡し(民法178条)、債権債務であれば債務者に対する通知または債務者の承諾です(民法467条1項2項)。また、法律上確定的に譲受会社のものになったとしても、目的物を現実に譲り受けて(「引渡し」)、利用できなければ意味がありません。したがって、法律上および事実上、譲受会社が事業を譲り受けたと言えるための手続を、いつ誰の負担で行うのかも、契約書に記載しておくといいでしょう。後の紛争を回避するのであれば、事業譲渡の効力発生日と同一または間近い日に、上記手続を実施することが望ましいです。

2 対価について

(1) 対価の額・支払い方法について

事業の譲受会社が、対価としていくら払わなければならないのかは、事業譲渡契約の根幹をなす事項です。したがって、対価がいくらかについて、契約書にキチンと記載する必要があります。

なお事業譲渡の対価の額は、事業譲渡の契約日における財産の評価額に基づいて算定されます。もっとも、事業譲渡の効力発生日までに、経済事情が変動するなどして、財産評価額が増減することはあります。そこで、契約日から効力発生日までの財産評価額の増減に柔軟に対応できるような条項を定めておくことを検討することをおすすめします。例えば、契約日には一定の対価の額を定めて、①後日第三者に財産評価額を再評価してもらえる手続を用意しておく、②濫用を避けるため手続費用は対価の変更を申し立てた者の負担とする、といった方法が考えられます。

後の紛争を回避するのであれば、対価をいつ、どのような方法で支払うのかについても契約書に記載しておくといいでしょう。事業譲渡の場合、対価の額が高額になり、現金一括払が困難になることが予想されます。そこで、実務では、分割払いによる方法や、銀行振込による方法、手形・小切手の振出しという方法などの方法で行われるのが一般的です。

(2) 財産評価額の保証について

一般的に、財産評価額は、事業の譲渡会社の財務諸表や事業に関する報告書を信頼して算定されます。もしもこれらの情報に誤りがあったとしたら、事業の譲受会社としては困ります。そこで、このような不安を除去するために、譲渡会社に財産評価額の算定の基礎となった情報の正確性を保証させる、という方法が考えられます。仮に契約書にこのような保証条項を定めておけば、後に事実と保証内容が異なることが判明した場合に、対価の減額や契約の解除をしやすくなります。

3 法令上の規制について

(1) 手続に関する規制

株式会社が事業譲渡を行う場合、原則として株主総会の特別決議がないと効力が発生しません(会社法467条1項1~3号、309条2項11号。詳しくはコラム「組織再編と事業譲渡」)。また、一定の場合には、独占禁止法に基づき、公正取引委員会に届出をしなければなりません(独占禁止法16条2項)。

後の紛争を回避するために、契約書には、これら法令上の規制があることを確認し、各種手続を遅滞なく実施すること保証する条項を定めておくといいでしょう。

(2) 競業避止義務について

会社法の規定によれば、会社間で事業譲渡が行われた場合、事業の譲渡会社は、同一および隣接する市町村の区域内で、20年間同一の事業を行うことができません(競業避止義務。会社法21条1項)。もっとも、この規定は、当事者間に特段の意思表示がない場合の規制です。当事者間で競業避止義務を負う旨の特約をした場合には、30年間その効力が存続します(会社法21条2項)。また、将来的に顧客を奪い合うことになっても差し支えないと当事者が合意する場合には、競業避止義務を負わない旨を約することも可能です。このように、そもそも競業避止義務を負うか否か、負うとしてもその期間はどの程度かについては、当事者の合意の有無によって変わります。したがって、競業避止義務に関する規定は必ず定めた方がいいでしょう。

4 従業員の取扱いについて

従業員の取扱い方法は、「雇用契約に基づく使用者たる地位」を譲受会社に承継させるか否かによって異なります。

① 譲受会社に承継させる場合

法律上、契約上の地位の移転は、いわば権利義務の束を移転するようなものなので、原則として当事者の合意があれば移転すると解されています。よって、「雇用契約に基づく使用者たる地位」も、事業譲渡を行う当時会社の合意内容の問題とも言えます。もっとも、会社が変われば労働条件・環境等も変化しますから、従業員としては、突然「明日から君は○○社の社員だから」と勝手に決められたのでは困ります。したがって、「雇用契約に基づく使用者たる地位」を移転する場合には、対象となる従業員の同意を得なければならないこととされています(会社法625条1項)。契約書には、譲受会社での従業員の処遇に関する事項を定めた上で、事業譲渡の効力発生日までに従業員の同意を取り付ける等の事項を定めておくといいでしょう。

なお実務では、上記の方法とは異なり、従業員に譲渡会社を退職してもらい、譲受会社が新たに雇用し直すという方法が採られることがあります。このような場合にも、従業員が退職について同意し、譲受会社に雇用されることについて承諾することを要します。したがって、契約書には、退職+再雇用という形式になる旨と、譲渡会社が従業員の承諾を得るために協力する旨を定めておくといいでしょう。また、退職となると未払い賃金や退職金の支払いの処理の問題が、再雇用となると労働条件等の処遇に関する問題が生じます。これらの事項についても、あらかじめ契約書に定めておくといいでしょう。

② 譲受会社に承継させない場合

譲渡会社に従業員の籍を残す方法です。
この場合でも、「出向」というかたちで、従業員を従前の事業に従事させることがあります。従業員に出向を命じる場合には、出向命令権の濫用にならないように配慮しなければなりません(労働契約法14条)。契約書にも、従業員の処遇に配慮した取扱い方法を記載しておくといいでしょう。

また、譲渡会社内部の配置転換や解雇等で処理する場合もあります。この場合に、少なくとも事業譲渡契約を締結する上では、法律上特に問題になることはありません。もっとも、譲受会社が、譲渡会社の労使紛争に巻き込まれないようにするために、「雇用関係を承継しない」「従業員の雇用契約に関する一切の権利義務を承継しない」といった合意内容を確認する規定を定めておくといいでしょう。

以上

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