取締役の義務
第1 取締役の義務と責任の概要
取締役は、会社というロボットを操縦するパイロットのような者ですから、ロボットの機能を生かすも殺すもパイロットである取締役の腕次第という事になります。もしパイロットが操縦ミスをすると、ロボット自体に傷がつくことはもちろんですが、他人を巻き込んだ大事故に発展するおそれがあります。そうならないように、一定のマナーないしルールを作り、パイロットにはそれを守ってもらうことが要求されます。また、事故が発生した場合にはその責任を取らせるルールを作って、おかしな操縦を抑止するという方法も考えられます。
会社法の場合、「事故」というのは、“製品が売れず、赤字になる”、“事業資金が調達できなくなる”、“会社が倒産する”など会社の不利益というかたちで現れてきます。また、“会社が倒産する”ような場合には、会社と取引をする第三者にも不利益が生じる可能性があります。そこで、適切な職務を行うことを確保し、このようなことが生じないような仕組みの1つとして、取締役に義務を課し、一定の場合には責任を取らせることにしました。
以下その内容を詳しく説明します。
第2 取締役の義務
まず取締役が会社に負っている義務について説明します。以下の義務は、適切な経営を行わせて、会社の財産を保護しようという趣旨に基づくものです。いわば、「ロボットがスクラップにならないようにするための仕組み」です。したがって、そのような観点から以下の説明を読んでいただくと、その制度の必要性が分かり易いかと思います。
1 業務執行に対する監督義務
取締役は、委任を受ければ、自ら業務執行の決定を行い、そのまま誰のチェックも受けずに業務を執行することができます。そうすると、ときに違法ないし不当な業務執行を行うことがあるかもしれません。この場合、他の取締役は、関係がないからという理由でこれを放置するのでは困ります。そこで会社法は、個々の取締役が他の取締役の業務執行を監視・監督する義務を負わせることにしました。
なお、このコラムでいう「違法ないし不当な業務執行」とは、このコラムで紹介する義務に違反するような行為のことを言います。
さてここにいう「監督」とは、具体的な状況で、その行為が適法か違法かの判断をするだけではなく、経営の合理性というハッキリとした基準のない物差しでその行為の妥当性を判断することを言います。身近な例で言いますと、部活動の監督と呼ばれる人を想像してみてください。部活動の監督は、部員がルールに反した行為をしないように見張るだけでなく、その監督のスポーツ精神に合うプレーをしているかを見ているかと思います。取締役に要求される監督義務というのは、抽象的にはこのスポーツの監督がやっていることを他の取締役に対してやる、というものです。具体的には、以下のようなことかたちで他の取締役を監督し、場合によっては違法ないし不当な行為に出ないように抑止します。
①取締役会を招集して、業務執行を行う取締役に職務の執行状況の報告をさせる
取締役会設置会社では、代表取締役および業務執行取締役は、3ヶ月に1回以上、自己の職務の執行状況を、取締役会で他の取締役に報告する義務を負っています(会社法363条2項)。裏を返せば、他の取締役は、取締役会を招集し職務の執行状況を報告させて、違法ないし不当な行為が行われないかのチェックと是正をする義務があると考えることもできます。各取締役は、原則として取締役会の招集権限を持っているので(会社法336条1項) 、このような義務を課しても不都合はありません。
なお他の取締役を監督する過程で、会社に著しい損害が発生するおそれのある事実を発見したときは、取締役は株主や監査役に対してその事実を報告する義務を負っています(会社法357条1項)。この報告に基づいて、株主や監査役が取締役の業務執行の差止請求をすることがあります(会社法360条1項、385条1項参照)。
②代表取締役を解職する
違法ないし不当な行為が行われようとしている場合には、その対応策として、その行為を行う代表取締役を解職するということが考えられます。取締役会設置会社においては、取締役会の決議によって解職することができます(会社法362条2項3号)。取締役会非設置会社の場合、実務上は取締役の多数決または株主総会の決議によって解職できるとされています(選定については会社法349条3項参照)。
なお、「解職」という言葉は、代表取締役から会社の代表権を奪う効果しかありません。解職されても、取締役としての地位は残ります。取締役としての地位自体を奪うことは「解任」と呼び、取締役を解任するためには株主総会の決議が必要です(会社法339条1項)。
③取締役会決議に反対して、異議を述べる
もう1つの対応策として、取締役会決議に反対するという方法があります。取締役会は、出席した取締役の過半数で決議を行うので(会社法369条1項)、反対票が1票でも多く入ることで、抑止効果があると考えられます。
また、監督義務を負う取締役自身にとっても、違法ないし不当だと考える事項について反対をすることは、重要な意義を持ちます。というのも、違法ないし不当な職務執行により会社に損害が発生した場合、たとえ当該職務執行行為を行った取締役以外の者であっても、その行為の取締役会決議に賛成した取締役は「任務を怠ったものと推定」され、損害を賠償する責任を負うこととなるからです(会社法423条1項、3項3号)。また、仮に反対票を投じても、取締役会の議事録に異議をとどめておかないと賛成したものとみなされますから、議事録に異議がある旨を記載することも重要になります(会社法369条5項)。
- ※注釈:取締役会非設置会社の場合
監督義務の存在を直接根拠付ける条文は、取締役会についてのみしかありません(会社法362条2項2号)。しかし、取締役会を設置していない場合でも、上記の株主等への報告義務を負っています(会社法357条1項)。株主や監査役に対して報告する前提として、他の取締役が何をやっているのか把握していなければなりませんから、取締役会非設置会社であっても、取締役は互いに業務執行を監視・監督する義務があると考えるべきでしょう。
2 忠実義務(会社法355条)ないし善管注意義務(会社法330条、民法644条)
取締役は、出資者集団である株主総会で選定され、会社の経営という職務を行います。この取締役の地位は、法律上は“会社から委任を受けた”として扱われ、民法の委任の規定に従うことになります(会社法330条)。そして、民法の規定によれば、取締役は「善良なる管理者の注意」をもって職務を遂行しなければならないものとされています(善管注意義務。民法644条)。この善管注意義務を一層明確にするために、会社法355条で、「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株主総会のため忠実にその職務を行わなければならない」と規定されています(忠実義務)。ざっくりと言ってしまえば、その地位にふさわしい能力と見識にしたがって職務を遂行し、会社に損害を与えないように注意する義務だと言われています。
ただここまで言われても、“善管注意義務・忠実義務の内容がはっきりしないなぁ”と思われることでしょう。具体的な法令や定款に違反したら義務違反があったというのは、比較的分かりやすいです。しかし、法令や定款に違反しない場合に、どのような業務執行の決定ないし業務執行であれば、善管注意義務・忠実義務に違反するか否かの判断は容易ではありません。では、どのように判断すべきでしょうか?
簡潔に言ってしまえば、“会社が損しないように頑張ったか?やるべきことをやったか?”という基準で判断することになります。会社の事業は、ときにリスクを伴うもので、そのようなリスクがあったからこそ会社が大きくなったと言える場合があります。仮に損をしたということだけで、経営の素人である裁判官や株主から“義務を怠った”と言われては、誰も取締役をやりたがらないでしょう。そこで、現在の裁判例では、結果だけを見て経営に関する判断の当否を決めないという前提に立ちつつ、①経営判断に必要となる情報収集を十分行ったか、②その情報に基づく行為の選択・決定が不合理ではないかといった観点から、“やるべきことをやったか”どうかの判断をするとしています(経営判断原則)。
3 利益衝突場面の規制(会社法356条1項、365条)
他人から事務を委ねられた者と、委ねた者の利益が衝突する場面を、広く「利益相反」呼びます。簡単に言えば、“あちら(取締役)が立てば、こちら(会社)が立たず”の関係にあることを指します。会社法では、利益相反が生じるおそれがあるものとして「競業取引」と「利益相反取引」について規制を行っています。以下、それぞれについて詳しく説明します。
①競業取引
競業取引とは、「自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引」のことを言います(会社法356条1項1号)。“取締役のAさんが、自分が務めるX会社と競合関係にある別のY会社の取締役になって、Y会社の事業活動として取引を行った”という場面が、典型例です。このような場合、Aさんが行った取引は、X会社の期待に反して、Y会社またはAさん個人の利益になります。X社とY社は競合関係にあるので、Y会社やAさんが儲けた分は、そのままX会社の損ということにあります。まさに、“あちらが立てば、こちらが立たず”の関係にあると言えます。
②利益相反取引
利益相反取引とは、取締役が会社と直接取引する場合(会社法356条1項2号)や、会社が第三者と行った取引が、取締役と会社の利益相反の構図を生む場合(会社法356条1項3号)。後者の例は分かりにくいかもしれませんが、会社の犠牲によって取締役が得する場面を想像するといいでしょう。例えば、会社が、取締役が借りた借金の保証人になるとかその借金を肩代わりする、などが後者の例として挙げられます。
さて取締役は、会社の利益のために職務を全うする立場にあるため、上記のような取締役の利益のために会社が損をする行為をされては困ります。しかし、形式的には利益相反の構図になるものであっても、会社にとって必要なことであることもあるでしょう(例えば、取締役の所有する土地を借りて事業を行う、など)。また、取締役の職務とは関係のない行為すべてに規制をかけることは妥当ではないでしょう。
そこで会社法は、取締役と会社の利益が衝突する行為であっても一切禁止とはせず、慎重な手続きを経ることを義務付けることで、会社に不当な損害が生じないようにしました。具体的には、そのような取引を行う場合には、あらかじめ重要な事項を開示して取締役会、取締役会を設置していない会社では株主総会の承認を得なければなりません(会社法356条1項柱書、365条1項)。この承認を欠いた場合、取引の相手方が知らなかった場合を除き、当該取引は無効となります。また、取締役会設置会社の場合、事後的に重要事項について報告することが義務付けられています(会社法365条2項)。
なお、承認の有無にかかわらず、会社に損害が発生した場合、下記の責任を問われる場合があります。
第3 取締役の責任
次に取締役の上記義務違反、すなわちパイロットの操縦ミスがあったときに、それによって生じた損害はどうするか、のお話です。
1 会社に対する責任(会社法423条)
“約束したのに守らなかったら、賠償する”というのは民法上のルールとして認められています(債務不履行責任。民法415条)。会社法も同様に、取締役が会社に対して負っている上記義務に違反して、株式会社に損害を発生させたときは、取締役は株式会社に対してその損害を賠償しなければならない仕組みにしました(会社法423条1項)。
なお解釈上、取締役は「責めに帰することができない事由」(会社法428条1項参照)を証明すれば、損害賠償責任を免れることができるとされています。「責めに帰することができない事由」とは、善意・無過失のことを指します。
もっとも株式会社というロボットを操縦するのは、株式会社に損害を発生させた取締役自身である場合があります。このような場合には、事実上は取締役が自発的に損害賠償を行うことになりますが、それが期待できない場合もあります。そこで会社法は、株主が株式会社に代わって、取締役等に対して損害賠償請求できる制度をつくりました。これを「株主代表訴訟」と呼びます(会社法847条1項)。詳しくはコラム「会社法トラブルその10~株主代表訴訟」を参照して下さい。
2 第三者に対する責任(会社法429条)
会社というロボットの活動によって第三者に損害が発生した場合も、やはりその損害は賠償されるべきでしょう。ただ上記の取締役の義務は、会社に対して負っているものですから、会社に対する責任と同様に考えることはできません。そこで誰に損害を賠償させるのか、という問題に直面します。
ロボットの活動はパイロットの腕に依存しています。そうすると、ロボットの活動によって発生した損害は、ロボット自身に責任をとらせるよりもパイロットに責任をとらせる方が、将来同様のことが起きないよう防止する点では、最も合理的と言えましょう。そこで会社法は、ロボットの操作ミスにあたる取締役の上記義務違反が認められる場合に、取締役が義務違反であることを分かった上で(故意)、または一般人でも義務違反であることが明白に分かるような事情を見落として(重過失)、職務を執行した結果、第三者に損害を発生させたときは、その損害を賠償させることにしました(会社法429条)。
「第三者(以下、「A」)の損害」の代表的なケースとしては、①代金の支払いの見込みがないのに取引先Aから仕入れを行った結果、程なく会社が倒産し、Aは代金を回収できなくなった、②返済の見込みがないのに貸付けを行った結果、貸付金の回収ができず会社が倒産し、会社の債権者Aは再建を回収できなくなった、などがあげられます。
なお詳しい内容はコラム「会社法トラブルその11~取締役等の第三者責任」を参照して下さい。
以上