特定の債権者の抜け駆け防止措置

第1 特定の債権者の“抜け駆け”の可能性

債務者が約束どおりに金銭の支払をしない場合には、債務者に帰属する一定の財産を強制的に換価して、そこから債権の回収を図る「強制執行」という手続を行うことになります。ここにいう強制執行の対象となる債務者の財産のことを「責任財産」といいます。

債務者としては、意に反して自分の財産を換価されることは嫌でしょう。そこで、しばしば責任財産をわざと減少させて、強制執行できないようにする、ということがあります。例えば、債務者が所有する土地を第三者に贈与する、特定の債権者にのみ支払をする、などのケースです。債権者としては、このような責任財産を減少させたり、特定の債権者のみの“抜け駆け”をさせたりする行為を許すわけにはいきません。そこで民法は、一定の要件の下で、債務者が行った取引等を取り消して、減少した債務者の財産を取り戻す制度を設けました。これを「詐害行為取消権」(民法424条1項)といいます。

このコラムでは、詐害行為取消権が認められる場合(詐害行為取消権の要件)を説明した上で、詐害行為取消権を行使する上での注意点を説明します。

第2 詐害行為取消権の要件

詐害行為取消権は、債務者の財産を取り戻すことを通じて、債権者が自己の債権の回収を図る目的で行使されるものですから、大前提として、①保全されるべき債権が存在していなければなりません(被保全債権)。次に、②債務者が客観的に「債権者を害する」行為を行ったことが必要となります(詐害行為)。詐害行為が存在するとしても、③債務者が「債権者を害することを知って」おり(詐害の意思)、かつ④詐害行為の相手方(受益者)またはその転得者が、「債権者を害すべき事実」(民法424条1項但書)を知っていたことが必要です。以下、各要件について詳しく説明します。

①被保全債権について

詐害行為取消権という制度によって保護される前提として、失われた債務者の財産を取り戻すことで保全される債権が存在しなければなりません。この被保全債権について、注意点が2つあります。

まず、後述する詐害行為の時点で、被保全債権が存在していなければなりません。

次に、被保全債権となることができるのは、お金の支払を目的とするもの(金銭債権)に限られます。詐害行為取消権は、上記のとおり、「責任財産を換価して、債権を回収する」という強制執行を実行ならしめるために設けられた制度だからです。

②詐害行為について

詐害行為とは、抽象的には「責任財産を減少させて、債権回収を困難にする行為」ということができます。責任財産のすべてを贈与して無資力になる、というのが典型的なケースです。もっとも、現在の実務は、債務者が無資力になる場合に限定されず、③詐害の意思の内容も勘案して、広く“債務者の行為として不相当なもの”を詐害行為として認めています。

客観的には「債権回収を困難にする行為」であっても、「財産権を目的とした行為」でなければ、取消しの対象になりません(民法424条2項)。「財産権を目的とした行為」と認められない例としては、婚姻、離婚、相続放棄といった身分行為、単なる事実行為や不作為、登記などの手続きがあげられます。

③詐害の意思について

詐害の意思が認められるためには、少なくとも詐害行為であるとの認識が必要です。裁判実務では、詐害行為であることの認識に加えて、債権者を害することを意図することが必要だとされるケースもあります。

④受益者または転得者の認識について

債務者のみならず、受益者または転得者も、詐害行為であることの認識が必要です(民424条1項但書)。

第3 詐害行為取消権の活用と注意点

1 これから訴えを提起する場合

詐害行為取消権の行使は、必ず裁判所を介した訴え提起の方法によらなければなりません(民法424条1項)。詐害行為取消権は、他人が行った法律行為を勝手に取り消すものである以上、第三者にも影響を及ぼすことになるので、詐害行為取消権の成否は裁判所の判断に委ねるべきだと考えられたからです。したがって、債務者の取引先などに、口頭や書面で、「詐害行為を取り消す」と通知を行っても意味がありませんので注意してください。

訴えを提起するにしても、誰を被告とすればいいでしょうか。詐害行為取消権の趣旨は、上記のとおり責任財産を取り戻すことですから、責任財産を譲り受けた者であれば受益者でも転得者でもどちらでもいい、ということになります。したがって、債権者としては、裁判をやって勝てそうな相手を被告とするといいでしょう。例えば、受益者が悪意で、転得者が善意の場合には、受益者のみを被告にすればいいことになります。但し、上記の例のように、受益者の手元には債務者から得た責任財産は転得者の手元にある場合には、受益者から責任財産自体を取り戻すことはできない点に注意が必要です。この場合は、責任財産の価値相当額を賠償させることになります。

詐害行為取消権を行使して勝訴判決を得たとしても、受益者が債務者と同様に、当該責任財産を第三者に譲渡してしまったら、その後強制執行することはできなくなります。そこで、受益者の手元で責任財産の現状を維持させるために、民事保全手続を行っておくといいでしょう。例えば、責任財産が不動産であれば、処分禁止の仮処分(民事保全法23条1項)を申し立てるのが一般的です。民事保全手続について、詳しくはコラム「民事保全の基礎」を参照してください。

2 詐害行為取消権の行使が認められた場合

実務上、詐害行為取消権の行使が認めて、責任財産を取り戻すことができる範囲は、取消しを求めた債権者の被保全債権の額に限定されるという運用がなされています。例えば、取消しを求めた債権者は、債務者に対して300万円の貸金債権を有していたとしましょう。債務者の特定の債権者に対する500万円の支払(「弁済」)の取消しを求めた場合、取り戻すことができるのは300万円までになります。

このケースは、取り戻した責任財産がお金だったので、「被担保債権の300万円分を回収する」ということができました。しかし、責任財産が500万円相当の壺だった場合、「この壺のうち、300万円分を取り戻す」ということはできません。このように、被担保債権の額を上限として取り戻すことができない責任財産については、例外的に、その責任財産の全て(ここでいう500万円の壺1つ)を取り戻すことができると解されています。

詐害行為取消権によって債務者の下に取り戻した責任財産は、「すべての債権者の利益」にならなければならないのが原則です(民法425条)。つまり、訴訟で取り戻すことができた責任財産は、すべて債務者に返さなければなりません。債権者の債権回収は、債務者の下に責任財産が戻ってから、行われることになります。但し、実務では、取り戻すものが金銭である場合に限って、例外的に、取消権を行使した債権者は金銭の支払いを受けて、そこから直接債権の回収を図ってもいい、という運用がなされています。債権者が取り戻した金銭を債務者の下に返す義務を負わせたとしても、自己の債権と相殺(民法505条1項)してしまえば結果は変わらないからです。したがって、取り戻したい責任財産が金銭の場合には、詐害行為取消権は、これを行使する債権者にとって大変有利な制度になります。

以上

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