民事保全の基礎
第1 民事保全の必要性
民事保全は、本案訴訟などの権利確定・実現のための本来的な手続の存在を前提としつつ、現状と将来の権利確定・実現のタイムラグを埋めるための手続です。もう少しかみ砕いて言えば、将来確実に権利を実現できるようにするために、裁判所を介して強制的に債務者の財産を確保しておく等の手続のことをいいます。
そうはいっても、あまりイメージはわかないと思いますので、なぜ民事保全をする必要があるか具体的に考えてみたいと思います。
① 金銭請求のケース
AはBにお金を貸していました。でも、Bは全然お金を返してくれません。Aはもう我慢できないと思い、裁判をしてBの所有する唯一の財産である不動産を強制競売にかけ、貸金を回収しようと考えました。
このようなケースでAが訴訟を提起しても、判決が出るまでには、早くても半年はかかります。その間に、Bは唯一の財産である不動産を第三者へ売却し、移転登記を済ませてしまうと、Aはそれ以降その不動産を差し押さえて強制競売にかけることができなくなってしまいます。それでは、結局貸金の回収はできず、裁判で勝っても意味がありません。
そこで、Aは、Bが不動産を処分することを防止するために「仮差押え」という民事保全の措置をとり、裁判で勝っても無駄にならないようにする必要があるのです。
② 移転等登記請求のケース
土地の所有者Aは、自分の土地について勝手にBへの所有権移転登記がなされているのを見つけてしまいました。Aは、裁判で所有権移転登記の抹消を求めることにしました。
このケースでもAが訴訟を提起しても判決が出るまでには一定の時間がかかります。その間に、Bが自らの名義の所有権移転登記があることを利用して、例えば第三者Cに土地を売り、所有権移転登記をしてしまうかもしれません。そうすると、Aは勝訴判決を得たとしても、Cの登記を抹消することはできないことになってしまいます。
そこで、AはBが所有権移転登記を移すことを防止するため、「係争物に関する仮処分」のうち「不動産の登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分」の措置をとり、登記をBに固定させておく必要があるのです。
③ 建物明渡請求のケース
Aはアパートを所有する大家であり、Bにその一部屋を貸していました。ところが、Bは賃貸借契約期間が経過しているにもかかわらず、部屋を出て行こうとしません。AはBに部屋から出て行くよう何度も強く言っているのですが、のらりくらりとかわされて何ヶ月もたってしまいました。らちがあかないと思ったAは、裁判をしてBに出て行ってもらうことにしました。
このケースで、Bが、裁判が終わる前に第三者Cに又貸ししてその後Cが部屋を占有していると、AはBに対する裁判で勝訴したとしても、Cに対して建物明渡しの強制執行をすることはできません。
そこで、Aは部屋の占有者が変わることを防止するため、「係争物に関する仮処分」のうち「占有移転禁止の仮処分」の措置をとり、部屋の占有者をBに固定させておく必要があるのです。
④ 訴訟中の生活困窮の回避
Aは勤務先のB会社から、突然解雇されてしまいました。納得のいかないAは、この解雇は不当解雇であるとして、裁判によって現在もBの従業員であることの確認と給料の支払を求めようとしています。Aは今現在B会社を解雇されていますので、Bから給料をもらうことはできません。裁判に勝訴すればその期間分の賃金は受け取れますが、裁判が終わるまでお金がもらえないと生活をすることができず、困ってしまいます。
そこで、Aは仮に賃金の支払を受けるため、「仮の地位を定める仮処分」のうち、「従業員であることの地位保全及び賃金仮払の仮処分」の措置をとり、賃金の支払を受ける必要があります。
第2 民事保全の種類
① 仮差押え
仮差押えとは、金銭債権者が将来の強制執行の実効性を確保するために、債務者から財産についての処分権を奪っておく制度のことです。金銭債権の保全のために行われる点が大きな特徴です。対象とする財産の種類によって、強制執行と同様に、①不動産差押え、②動産差押え、③債権差押えに分けられます。
② 仮処分
②-1.係争物に関する仮処分
係争物に関する仮処分は、特定物に対する将来の強制執行を保全することを目的とします。よく利用されるものとして、処分禁止の仮処分(本コラム第1②)や、占有移転禁止の仮処分(本コラム第1③)があります。
②-2.仮の地位を定める仮処分
仮の地位を定める仮処分は、現在の争いのある権利関係について、権利関係の確定までに債権者に生じる著しい損害または急迫の危険を避けるために利用されます。権利関係の種類に応じてたくさんの類型がありますが、申立てが比較的多いものとしては、①抵当権実行禁止、②建築(妨害)禁止、③立入(妨害)禁止、④明渡・引渡断行、⑤従業員等の地位保全、⑥賃金・損害賠償金仮払(本コラム第1④)、⑦出版差止め、⑧新株予約権発行差止め、などがあります。
以上