相殺を利用した債権の回収方法

第1 相殺とは

1 相殺ってなに?

相殺とは、債権者が、自己の債権と同種の債務を債務者に対して負っている場合に、その債権と債務を対等額で消滅させることをいいます(民法505条1項参照)。例えば、Aが、Bから500万円を借りて商品開発をし、完成した商品をBに対して500万円で売り渡したとしましょう。このとき、Aは、Bに対して500万円の代金債権(民法555条)を有する一方で、500万円の貸金返還債務(民法587条)を負っています。このような場合に、500万円の代金債権をもって500万円の貸金返還債務を消滅させるのが、相殺というものです。

なお、Aの代金債権のように相殺する側の債権のことを「自働債権」、Aの貸金返還債務(=Bの貸金債権)のように相殺される側の債権のことを「受働債権」といいます。

2 相殺の機能とは

上記のケースで、Aを債務者の立場から捉えてみますと、相殺によってAは500万円の貸金返還債務を免れたことになります。言い換えれば、後述する相殺の意思表示や合意のみで、Aは500万円を返還したのと同じ効果を得られたことになります。このような簡易決済機能が相殺の大きな特徴です。

また、相殺には、債権の回収を図る機能(「担保的機能」)があると説明されています。例えば、Bが代金を支払ってくれなかったとしましょう。もし相殺という制度がなかったとすると、Aは代金の回収ができない一方で、貸金返還債務は履行しなければならないことになります。このような場合と比較すると、相殺をするということは、Aにとっては500万円の売掛債権を回収したのと同様の利益を得たことになります。

第2 相殺ができる場合

1 法定相殺と約定相殺

実務上「相殺」と呼ばれるものには、「法定相殺」と「約定相殺」の2種類があります。

法定相殺は、法律にその要件が定められているものをいいます。つまり、法定相殺は、法律上規定された条件をみたさなければ行うことができません。他方、後述するように、法定相殺は、相殺をする者の一方的な意思表示によって相殺することができる点にメリットがあります。

これに対して、約定相殺とは、当事者の合意によって行うものをいいます。「相殺契約」(将来のものについては「相殺予約」)と呼ぶこともあります。交互計算契約(商法529条)は相殺契約の典型例です。約定相殺は、法定相殺の要件を充たさなくてもできますので、後述する法律上相殺が禁じられている債権や相殺適状にないケースについても相殺することができる点にメリットがあります。

2 法定相殺の要件

法定相殺によって「自働債権と受働債権の対当額による消滅」という法律効果が発生するためには、①両債権が相殺するのに適した状態にあること(「相殺適状」)、②相殺が禁止されていないこと(「相殺禁止事由」)、③相殺の意思表示がなされたことが必要です。以下、各要件について説明します。

(1)相殺適状

相殺適状とは、具体的に「2人が互いに」「同種の目的を有する債務を負担する場合」であり、「双方の債務が弁済期にあるとき」のことをいいます(民法505条1項)。以下、それぞれの言葉の意味を説明します。

①「2人が互いに」

相殺をする側とされる側が、お互いに債権を有していることをいいます。いいかえれば、自己の第三者に対する債権や第三者の有する債権を自働債権として、相殺することは原則としてできないことを意味します。ただし、法律上次のような例外が定められています。

まず、連帯債務者の求償権(民法443条1項)、保証人の求償権(民法463条1項)、譲渡された債権(民法468条2項)が受働債権となる場合には、第三者に対する債権を自働債権とすることができることがあります。

次に、連帯債務(民法436条2項)または保証債務(民法457条2項)を負担している場合には、第三者の債権者に対する債権をもって相殺することができます。

②?「同種の目的を有する債務を負担する場合」

金銭債権であればお金、物の給付債権であれば同一の物といったように、同一のものを目的とする債権が存在することを意味します。

また、債務を現に負担していることが原則です。ただし、時効によって消滅した債権(消滅時効についてはコラム「債権管理と消滅時効」参照)については、例外的に自働債権にすることができる場合があります(民法508条)。

③?「双方の債務が弁済期にあるとき」

自働債権および受働債権の弁済期が共に到来していることが原則です。もっとも、受働債権は期限の利益は放棄(民法136条2項本文)をすれば済むので、自働債権の弁済期が到来していれば良いと解されています。

(2)相殺禁止事由

まず「債務の性質」が相殺を許さないものであるときには、相殺することができません(民法505条1項但書)。例えば、“お互いに競業しない”という不作為債務や反対に“お互いに協力して実施する”といった作為債務は、債務が現実に履行されなければ、そのような債務が発生した目的が達成できないので、「債務の性質」が相殺を許さないものといえます。また、裁判実務上、自働債権に①催告および検索の抗弁権(民法452条、453条)、②同時履行の抗弁権(民法533条)が付着している場合にも、原則として相殺することはできない性質のものだと解されています。

次に、「当事者が反対の意思を表示」している債務についても、相殺をすることができません(民法505条2項本文)。契約によって発生する債務については、あらかじめ「相殺禁止特約」というかたちで表示するのが一般的です。

この他に、民法上相殺が禁止されているのは、①不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権とする場合(民法509条)、②扶養料や給料など差押えを禁止された債権(民事執行法152条参照)を受働債権とする場合(民法510条)、③差押え・仮差押えを受けた債権を受働債権とする場合(民法511条)があります。

(3)相殺の意思表示

相殺は、相殺をしようとする者=自働債権の債権者からの一方的な意思表示により行います(民法506条1項)。この意思表示には、条件や期限を付することはできませんので、注意してください(民法506条1項後段)。

第3 相殺の活用方法

1 法定相殺の利用

取引先との関係で法定相殺を使用とする場合、もっとも障害になりやすいのは自働債権の弁済期の到来でしょう。「取引先の業績が悪化した。めぼしい財産もなく、担保をとることも難しい。相殺するしかない!」となったとしても、上記のとおり、自働債権は弁済期が到来していなければ相殺することができません。このような場合の対策として、契約書作成段階で「期限の利益の喪失」(詳しくはコラム「契約書の内容」参照)に関する条項を設けておくといいでしょう。これによって、相殺適状を早急に作り出せるようになり、相殺をしやすい状態を確保することができます。

また、裁判実務上、過去に一度弁済期が到来していたとしても、支払いを猶予した場合には、延長された弁済期が到来するまでは相殺適状にないとされています。したがって、債権管理の方法としては、取引先の信用情報に少しでも不安がある場合には、支払い猶予をせずに、早期に相殺の意思表示をしてしまうのも1つの手段でしょう。仮に、相殺する債務(受動債権)がない場合には、取引先の商品を購入して受働債権(代金債務のこと)を創出することも検討するといいでしょう。この場合、購入した商品をどのように処分するのかも検討する必要があります。

なお、法定相殺は、相殺の意思表示が、相手方に到達すれば効力が発生すると解されています。例えば、電話口で「相殺します。」と取引先の担当者に伝えるだけでも、法律上は問題ありません。もっとも、意思表示の到達時を明確にするために、相殺の意思表示は内容証明郵便によって行うといいでしょう。

2 約定相殺の利用

取引先との関係で、既に存在する債権を相殺する旨の合意をすることも有用ですが、継続的な取引関係が予定されているのであれば相殺予約をする方がいいでしょう。相殺予約とは、将来の一定の事由が発生することを条件または期限として、別段の意思表示を待たずに当然に相殺をする旨をあらかじめ合意しておくことをいいます。相殺予約は、担保として機能するのはもちろんですが、簡易の決済ができる点でも大変有用です。

また、法定相殺は1対1の関係を前提にしているのに対して、約定相殺は当事者になんら限定はありません。例えば、A社が原材料を輸入してB社に売渡し、B社が部品を製造してC社に売渡す、C社は商品を製造してA社に売渡し、A社はその商品を輸出するという取引がなされていたとしましょう。このような場合に、A社、B社、C社の三者の合意でそれぞれの代金債権を対当額で相殺する旨の合意をすることが可能です。

以上

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