会社法トラブルその2 新株発行の差止め
第1 「新株発行の差止請求」とは
1 いつ、誰がどのような方法で行使できるか
「新株発行の差止請求」というのは、文字通り、新株の発行に“待った”をかけることができる権利(会社法210条)のことだと、コラム「新株発行をめぐる“不具合”」でお話ししました。この権利は、今まさに新株を発行しようとしている取締役に対して行使することが予定されていますから、株主のみに認められた権利です。また、新株の発行に“待った”をかけるものですから、新株発行の効力が生じてしまうと、行使することができません。
なお新株発行の差止めは、裁判所に対する訴えをもって行う必要性はなく、直接株式会社に行って、取締役に対して口頭で止めるよう進言する、という方法でも行使することができます(それゆえに「訴え」ではなく「請求」という文言を使用しています)。しかしながら、それでは拘束力がなく、請求が無視されることもあります。そこで実務では、後述する仮処分という方法が採られています。
2 どのような場合に差止めができるか
会社法の条文をみると、「次に掲げる場合」として、新株発行手続上の“不具合”になる場合を定めています。具体的には、①法令又は定款違反の場合(会社法210条1号)と、②著しく不公正な方法による場合(会社法210条2号)のことを言います。そして、このいずれかの場合に該当して、かつ③株主が不利益を被るおそれがある場合に、株主は新株の発行を差し止めることができます。以下、それぞれの要件をもう少し掘り下げて説明します。
①法令又は定款違反
会社法では、新株を発行すること及びその内容を決定する段階から出資を受けるまで、細かく手続が決まっています。法令の違反とは、この新株発行手続の規定に違反する場合のことを言います。実務では、公正な発行価額(概ね直前の市場価格×0.9)と比べて、新株の発行を受ける者に「特に有利な金額」で発行する場合に必要となる手続を欠いたこと(会社法201条1項)をめぐって、トラブルになることが多いようです。
定款違反の例としては、定款という株式会社の設計図に予定していない数・種類の株式を発行する場合が挙げられます。
②著しく不公正な方法
資金調達という目的以外の不当な目的を達成する手段として、新株の発行が行われる場合のことを言います。不当な目的とは、経営者と株主の間や多数派株主と少数派株主の間などに存在する株式会社の支配権をめぐる争いに影響を与える目的のことを指すのが一般的です。
ただし、実務上は、支配権をめぐる争いに影響を与える目的があれば、直ちに差止請求が認められるわけではなく、ケースごとに「著しく不公正」と言えるかを判断しています。例えば、不正な目的はあるけれども資金調達目的に優越するほどではない場合(資金調達の必要性もあるケースなど)や、既存の株主を保護するために会社の支配権を維持する必要性がある場合(いわゆる「敵対的買収」のケースなど)には、著しく不公正とは言えないと判断されることもあります。
③株主が不利益を被るおそれ
新株の発行によって、株式の市場価値や議決権の価値が希釈化するような場合のことを言います。
第2 実務上の対応~新株発行差止めの仮処分
株主が新株発行の差止めを請求したとしても、会社は新株を発行することができなくなるわけではありません。仮に株主が裁判手続を行ったとしても、認容判決が確定するまでは拘束力がありません。そして、裁判となると相当時間もかかりますから、認容判決が出るまでの間に、新株発行の効力が発生してしまうことが多いようです。効力が発生してしまえば、以後差止め請求を行うことはできなくなってしまいます。そこで、実務上は、「新株発行差止めの仮処分」(民事保全法23条2項参照)という方法が採られています。
この「仮処分」という制度は、裁判をやっていたのでは手遅れになるかもしれない事情がある場合に、これを防止するために現状を維持・確保することを目的としています。そして、「仮処分」という手続は、通常の訴訟よりも短期間で審理・判断がなされる点に大きな特徴があります。新株発行差止めの仮処分の場合には、株主が、①会社法210条の差止請求が認めうる事情と、②仮処分を受けなければ手遅れになってしまう事情(保全の必要性)を疎明すれば、仮処分を得ることができます(民事保全法23条2項、13条1項参照)。
この「仮処分」が発せられると、新株を発行することができないという仮の地位が設定されます。これは、法律上、株式会社(厳密には、新株発行を取り仕切る取締役など)は新株発行をすることができなくなったことを意味します。もちろん株式会社は、この仮処分を無視して、新株発行の手続きを押し進めることができないわけではありません。しかし、仮処分という法律上発行できない事情がありますので、株主は、後に新株発行無効の訴えをなせば、新株の発行をなかったことにすることができます(詳しくはコラム「会社法トラブルその3 新株発行無効の訴え他」参照)。
以上