取締役等の職務執行停止・職務代行者選任の仮処分

第1 どのような場合に用いられるか

株式会社の取締役等の職務執行停止・職務代行者選任の仮処分は、現に会社の業務を遂行している取締役等の職務執行を停止して、職務代行者を選任する仮処分です。なぜこのような手続が必要なのか、具体例を交えて説明しましょう。

例えば、代表取締役であるY氏が会社の資金を私的に流用したり、不当な取引を繰り返したりしているおそれがあるとしたら、株主としてはY氏を解任したいですよね。ところが、株主総会決議によってY氏を解任しようとしても、Y氏を含む現経営陣が株主総会における議決権の過半数を支配しているため、Y氏を解任する旨の決議は否決されてしまいます(会社法339条、341条)。解任決議が否決されてしまったとしても、一定の株主は、取締役解任の訴えを提起することができます(会社法854条1項)。しかし、取締役解任の訴えを提起しても、裁判には長い年月がかかるし、その間、取締役は職務執行権限を失わないので、Y氏が職務の執行を続けることで会社がさらなる損害を被る危険を取り除くことはできません。そこで、Y氏の職務執行を一時的に停止させるとともに、その間の会社業務を行わせる職務代行者を選任する必要が出てきます。

職務執行停止・職務代行者選任の仮処分は上記のようなケースで用いられる手続です。仮処分の手続は、裁判と比較すると迅速な審理が行われます。また、仮処分命令が発令されると、取締役解任の訴えの判決が出る前であっても、当該取締役は職務を執行することができなくなり、仮処分に違反して行った職務執行行為は無効となるので、Y氏の職務執行行為による会社の損害発生を回避することが可能となるのです。

なお、職務執行停止とは、取締役の特定の業務執行だけが停止されるのではなく、会社を代表する取引、株主総会への出席、取締役会決議への参加等、職務執行の全部について停止されることになります。この点で、取締役の違法行為の差止め(会社法360条)とは異なります。

第2 どんなことを主張する必要があるか

1 主張すべき事項の概要

民事保全法に基づく保全命令の申立てには、被保全権利(保全命令によって保全されるべき権利のことです。)と保全の必要性を疎明しなければなりません(民事保全法13条1項・2項)。取締役等の職務執行停止の仮処分命令が発令されると、職務執行を停止される取締役に対する影響は大きいため、当該仮処分命令が発令されるためには、被保全権利及び保全の必要性について、具体的に明確にするとともに、相当高い客観性をもって疎明しなければなりません。実務上、職務執行停止・職務代行者選任の仮処分は、同族会社における親族間や共同経営者間の対立を背景として、対立相手を経営から排除する意図で申立てられる例が多く見られます。こうした申立てをしても、被保全権利や保全の必要性を基礎づける具体的事実の疎明ができなければ、申立ては却下されます。

※証明と疎明

訴訟の当事者は、証拠によって裁判で争う事実を立証しなければなりません(民事訴訟法318条)。証明と疎明とは、立証の程度を表す法律用語です。

「証明」とは、合理的な疑いを差し挟まない程度に真実らしいと裁判官が確信を得た状態、またはこの状態に達するように証拠を提出する当事者の行為です。

「疎明」とは、証明より低く、一応確からしいとの推測を裁判官が得た状態、またこの状態に達するように証拠を提出する当事者の行為です。 仮処分手続は迅速になされる必要があるため、法は、被保全権利及び保全の必要性について、証明でなく疎明で足りると定めています(民事保全法13条2項)。疎明は、即時に取り調べることができる証拠によってしなければならず(民事訴訟法188条)、通常は書証によります。

2 被保全権利とは

被保全権利とは、仮処分によって保全すべき権利関係のことです。

仮処分は、あくまで、本案訴訟(通常の訴訟手続のことです。)を提起することを前提とした手続ですから、まずは、本案訴訟でどのような請求ができるのか、を念頭に置かなければなりません。その本案訴訟において審理の対象とされる権利が、被保全権利となります。冒頭の例でいえば、本案訴訟である取締役解任の訴えにおいて審理の対象とされる、Y氏が取締役としての地位を解任されたことという身分法上の権利(の変動)が被保全権利となります。

以下、本案訴訟ごとに説明します。

(1) 取締役解任の訴え(会社法854条)

取締役の職務執行に関して不正の行為や法令・定款に違反する重大な事実があったにもかかわらず、当該取締役を解任する旨の議案が株主総会において否決されたとき、株主は、取締役解任の訴えを提起することができます(会社法854条)。

そこで、これを提起することを念頭にして、仮処分を申し立てることになります。

ところで、株主総会において解任決議が否決される前であっても、取締役等の職務執行停止の処分ができるかについて争いがあります。この点、解任決議が否決される前では、解任の訴えを適法に提起することができる要件が実体法上充足されていないとして、仮処分の申立てを却下した裁判例があります(東京高決昭和60年1月25日)。

上記東京高裁の決定に従うと、もし、取締役解任のための株主総会の招集手続がとられておらず、その準備もされていない段階では、取締役解任の訴えの要件である株主総会における解任決議が否決されたとの事実が疎明されたとはいえないので、仮処分の申し立ては避けたほうがよいでしょう。株主総会の招集請求をする等その準備を整えてから、仮処分の申立てをすべきでしょう。

(2) 株主総会決議の取消しの訴え(会社法831条)、取締役選任の株主総会決議の不存在・無効確認の訴え(会社法831条)

実務上、最も多くみられる類型です。株主であると主張する者が、株主総会決議の取消しの訴え等を本案訴訟として提起することを前提に、仮処分を申し立て、株主権の帰属や株主総会決議の瑕疵の主張をしていくことになります。

(3) 違法行為差止めの訴え(会社法360条1項)

違法行為差止めの訴えは、個別の職務執行を差し止めることを前提とした訴訟です。しかし、職務執行停止の仮処分は、すべての職務執行の停止を求めることになるので、これを理由とした仮処分はできないものと考えられています。

3 保全の必要性

保全の必要性とは、一般的には、本案訴訟の確定判決がなされるまでに仮処分がなされなければ、被保全権利の実現が困難または事実上不可能になってしまう事情があることをいいます。

取締役等の職務執行停止・職務代行者選任の仮処分は、仮の地位を定める仮処分の一種です。民事保全法は、仮の地位を定める仮処分命令について、「争いがある権利関係について債権者(仮処分の申し立てをした者をいいます。)に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる」と定めています(民事保全法23条2項)。

ここで注意が必要なのは、会社に損害が発生する危険があると認められる必要があり、仮処分を申し立てる人に損害が発生する危険がある、と主張しても、仮処分は認められない、ということです。というのも、株主総会決議取消しの訴え等の本案訴訟は、会社の組織に関する事柄であって、株主は会社全体の利益のための本案訴訟を提起するとされているのです。ですから、たとえ仮処分を申し立てた者に損害が発生するとしても、会社に損害が発生しなければ、仮処分命令の発令はできないと解されています(名古屋高決平成2年11月8日)。

会社に「生ずる著しい損害」とは、経済的な損害のことをいいます。実務では、①会社の信用が従前の代表取締役個人の信用に基礎をおいており、現在の自称取締役では対外的信用が失墜するおそれがある場合、②現在の自称取締役に経営能力がない場合、③現在の自称取締役が会社の重要な財産を自己の利益のため処分するおそれがある場合等に類型化されています。そして、申立人は、①②③の事情を根拠づける具体的事実を疎明する必要があります。

第3 当事者

職務執行停止等の仮処分の申立人となるのは、本案訴訟の原告となり得る資格をもつ者です。具体的には、株主、取締役、監査役です。会社の一般債権者は、申立てをすることはできません。

職務執行停止等の仮処分の相手方となるのは、会社及び職務執行を停止されるべき取締役の両者です。仮処分の結論は、会社と取締役とで格別にすることはできず、両者につき合一に確定すべきだからです。

第4 費用

保全命令は、担保を立てることを保全執行の実施の条件として発令されます(民事保全法14条1項)。担保の金額は、事案の内容、会社の規模、会社を取り巻く状況、取締役の員数、職務執行を停止される取締役の員数等を総合考慮して、裁判所が決定します。

職務代行者を選任する場合には、担保決定と同時に、職務代行者の報酬額の予納が命ぜられます(民事訴訟費用等に関する法律12条)。通常は、会社の規模、職務代行者の職務の内容、職務執行を停止される取締役の報酬額等を総合考慮して、職務代行者の報酬額を決定し、そのおよそ6か月分相当の報酬額を予納します。

報酬としては、1か月あたり最低でも30万円はかかると見た方がよいでしょう。

第5 仮処分命令の効力

職務執行停止等の仮処分命令が発令されたとき、裁判所の嘱託に基づいて(民事保全法56条)、会社の本店の所在地においてその旨の登記をします(会社法917条)。仮処分命令の発令により、その取締役の職務全体の執行が停止され、仮処分に違反してなした行為は、第三者との関係においても無効とされます。

第6 職務代行者の選任と地位

裁判所が職務代行者として適任と考える者を選任します。裁判所によって異なりますが、たとえ「この人を職務代行者にしてください」との申し出があっても、これを受けつけていない裁判所が多いようです。職務代行者は、本案訴訟での解決が得られるまで、会社の業務の現状維持を図ることを任務とする暫定的な財産管理人であり、中立的な立場で職務遂行をすることが求められます。職務代行者の権限は、仮処分命令に別段の定めがある場合を除いて、会社の常務(会社運営上、日常されるべき行為)に限られ、常務に属しない行為をするには、裁判所の許可を得なければなりません(会社法352条1項、868条1項)。

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