採用内定とその取消

第1 採用内定とは

採用内定とは、判例上、「始期付解約権留保付労働契約」であると考えられています。「始期付」というのは、契約成立後すぐに働き始めるのではなく、就労開始の時期を定めて一定期間をおいた後に就労を開始することを意味します。たとえば、新卒採用の場合、10月1日に内定が成立し、翌年の4月1日から就労を開始するということです。「解約権留保付」というのは、就労開始までに一定の事由があった場合には、労働契約を解約(内定取消)するということです。

通常の労働契約と比べると、「始期」とか「解約権留保」などがある点で異なりますが、ここで重要なのは、採用内定によって労働契約が成立したと考えられ、その点では通常の採用の場合と異ならないということです。

一方,「内々定」という言葉がありますが、これは、採用内定前の準備活動とされ,それだけでは労働契約成立には至っていない場合が多いとされています。

第2 採用内定の成立

1 採用内定が成立するためには

一般に、労働契約の成立には、業務内容、就労の場所及び態様,就労時間,賃金等の労働契約の重要な要素についての確定的な合意が必要とされています。内定も労働契約が成立したものと扱われますから,採用内定の成立も同じように考えることになります。すなわち、業務内容、就労場所、就労時間及び賃金等について、それなりに明確な合意がなければ、内定は成立しないということです。

とはいえ、新卒者や第二新卒者の場合には,比較的簡単に内定が成立したものと判断される傾向があります。なぜかというと、新卒者の場合、社会人としての資質や能力が未知数であるため、賃金等の合意に幅があったりするのが通常であり、また、新卒一括採用の場合には早期に業務内容や就労場所を確定させるのは困難という事情がありますので、たとえ労働条件について明確な合意がなかったとしても、採用内定が成立したと評価されやすいからです。

これに対し、中途採用の場合は特定の職種や業務内容につくと決まって入社することが多いため、採用内定の成立には新卒者や第二新卒者よりも確定的な合意が必要とされています。

2 採用内定が成立するとどうなるか

採用内定は労働契約が成立したと考えるのですから,内定の取消は解雇と同じように考えることになります。正社員を解雇するには法律上厳しい要件が課されますので,内定取消の場合も、同様に厳しい要件が課されます(もっとも、採用後の解雇の場合と比べると内定取消の有効性は比較的緩やかに判断されます。)。

一方,内々定の取消は,内定の場合と異なり,雇用主が一方的に取り消しても,通常は雇用主に法的責任は発生しません。ただし、信義則違反などを理由として損害賠償請求が認められる可能性はあります。

このように,内定が成立すると簡単に取り消しできませんから,内定が成立したか否かは雇用主にとってはとても重大なことなのです。

特に、中途採用者の内定取消しの方がトラブルになる確率が高いので、注意が必要です。新卒者の場合、まだ他の会社に就職する可能性があるので、話し合いで解決出来ることが多いのですが、中途採用者の場合は、前職を退職していることも多く、特に、再就職が難しいときには、トラブルになることが非常に多いのです。

3 適切に採用内定を出すために

採用内定に関して一番避けなければいけないことは,雇用主としては内定を出したつもりはないのに,採用者は内定が成立したと主張して、内定の成否について争いになるということです。

では,このような争いを避けるため,どのように採用内定を出せばよいでしょうか?

(1) 担当者を限定すること

まず大事なのは,採用者に伝える内容を明確にして、無用な期待を抱かせないことです。

そのために,採用者とやり取りする担当者は一人か、さもなければ最小限の人数にすべきです。担当者が何人もいると、個々の担当者の言動が他の担当者に細部まで伝わらず,伝えるべきでない情報を採用者に伝えてしまうという事態が起こってしまいます。

(2) タイミングに注意すること

次に,採用者に詳細な条件を伝える時期や誓約書などの書面を提出してもらう時期に注意を払うことです。

参考までに内定成立が問題となった裁判例をいくつかご紹介します。

【内定成立を肯定したもの】

最高裁昭和55年5月30日判決(電電公社近畿電通局事件)

(事案)
会社から応募者に送付した通知に、採用日、配置先、採用職種及び身分、入社前の健康診断で異常があれば入社を取り消すことがあること、入社を辞退する場合は速やかに書面で連絡すること等が記載されていました。また、会社は、応募者に身元保証書、誓約書、制服のサイズ調査についての書面の提出も求めていました。

(裁判所の判断)
本件においては、これ以上労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを認定し、内定成立を認めました。

(コメント)
この判例では、会社から応募者への通知の内容や、会社が応募者へ書面の提出を求めていたという事実から、会社が入社に向けた手続等を行っていたと判断し、労働契約の成立つまり内定の成立を肯定しました。

【内定成立を否定したもの】

福岡高裁平成23年3月10日判決(コーセーアールイー事件

(事案)
会社側が「採用内々定のご連絡」という書面を応募者に送付し、採用内々定した旨と、正式な内定通知は10月1日を予定している旨を通知しました。会社は、それ以外の具体的な労働条件の提示はしていません。
そして、応募者は「貴社に入社しますことを承諾致します」という内容の入社承諾書に日付・現住所・氏名を記載して押印しました。ただし、この承諾書には他の企業に就職しないと約束する旨の記載はありませんでした。

(裁判所の判断)
会社が、内定後に採用内定通知書や労働条件通知書を交付し、卒業見込証明書や健康診断書を提出させる運用をしており、本件内々定通知にもこのことが明記されていたこと、および本件の入社承諾書が入社の誓約や会社の解約権留保を認める趣旨のものではなかったと認定したことから、内定の成立を否定しました(ただし、信義則違反による損害賠償請求を肯定)。

(コメント)
この判例では、①入社に向けた手続等が特に行われていなかったこと、②当時の就職活動では、内々定後も就職活動を係属する学生も多かったこと等の具体的事情を認定し、内定の成立を否定しました。
以上のように、詳細な条件を伝えた時点で、内定が成立したと評価されることがあります。
そこで、詳細な条件を伝えるのは、採用することを確定的に決定した以降とすべきでしょう。もし、内定が成立する前に詳細な条件を通知する必要が生じた場合には、安易に口頭で条件通知をするべきではなく、「これは内定通知書ではありません」と記載した書面を交付して詳細な条件を通知すべきでしょう。
また、入社取消について記載された書面を送付したりしても、内定成立と評価されやすいので、注意が必要です。
さらに、内定者に対し、他社への就職活動を停止して自分の会社へ入社する旨の誓約書を提出させている会社もありますが、そのような誓約書を求めた時点で採用内定が成立していると考えるのが通例です。したがって、そのような誓約書は、その人を採用するのが間違いないと言える場合にのみ提出を求めるべきでしょう。

(3) 内定を出す場合には内定取消事由を記載した内定通知書を交付すること

内定を出すことが確定した者に対しては、内定通知書を出すことを制度化しましょう。そうすることで、逆に、内定通知を出していない応募者には内定が成立していないと認められやすくなるというメリットがあります。

また、内定通知書には、内定取消事由を記載した方がよいでしょう。確かに、内定取消事由を記載したからといって、容易に内定取消ができるようになるわけではありません。しかし、内定通知書に内定取消事由を記載することによって、内定者の自覚を促し、取消事由が生じた場合には本採用を諦めるという「見切り」を期待することができるという点です。

第4 採用内定の取消

1 採用内定の取消ができる場合

内定が成立すると簡単に取り消しできませんから,内定を出す以前にきっちりと検討を行うことがまず大切です。

しかしながら,どうしても内定取消をせざるを得ない場面に遭遇することもあります。

内定取消の有効性についての判例の判断基準としては,採用内定の趣旨,目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるか否かで判断されることになります。

以下、具体例を紹介します。

【内定取消が認められやすい場合】

① 重大な経歴詐称
② 健康状態の悪化(※)
③ 学校を卒業できなかった場合などがあります。
 (※)ただし、内定者が内定期間中に病気になった場合には、すぐに内定を取り消すのではなく、
    回復するまで、内定を一旦保留にするということも考えられます。

【内定取消しが認められない場合】

① 前勤務先で勤務態度に問題があったというような客観的な裏付けを欠く「悪い噂」にすぎない場合(東京地裁平成16年6月23日判決-オプトエレクトロニクス事件)
② 従業員に対するグルーミーな印象という採用内定当時に既に判明していた又は十分に予測し得た事情による場合(最高裁昭和54年7月20日判決-大日本印刷事件)
③ 経営状態の悪化の場合も,それだけでは内定取消事由とはならず,整理解雇に準じて判断されることになります(東京地裁平成9年10月31日決定-インフォミックス事件)。

2 内定取消に至る手続

やむなく、内定取り消しをする場合でも、内定者から内定取消についての任意の同意を求めるべきでしょう。そのためには、内定者との話し合いの機会を多く持ち、経営資料を開示して内定取消の理由を明示することが必要です。場合によっては、解決金を提示することも検討する必要があります。

いずれにしても、内定取消の手続は慎重に進めるべきですので,内定取消を検討しているのであれば早めに専門家に相談することをお勧めします。

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