就業規則の不利益変更

第1 就業規則とは

就業規則とは、雇用条件や職場の規律について雇用主が定める規律のことで、簡単にいうと職場のルールブックです。

就業規則の重要な機能として、内容が合理的であり、周知されていれば、就業規則の内容が個々の従業員の雇用契約の内容となる(労働契約法7条本文)ということがあげられます。したがって、就業規則の作成・周知がなされている会社では、特に個々の従業員と入社時に雇用契約書を交わす必要はありません(この点については、詳しくは、コラム「労働契約開始時に雇用契約書を交わすべきか?」でもお話しています。)。

このような就業規則の重要性から、雇用主は就業規則の整備に力を入れる必要があります。

第2 雇用契約を変更する方法

現実に会社が活動をしていくと、当初の契約内容を変更する必要が生じてきます。では、その場合どういった手段をとればよいのでしょうか?

これについて、当初の契約内容を変更するためには、大きく3つの方法があります。すなわち、①個々の従業員と個別交渉をする、②労働協約の改定、③就業規則の改定、の3つです。以下、順に説明していきます。なお、ここで一つ非常に重要な点を申し上げますが、就業規則の内容が雇用契約の内容になった場合ではなく、個々の従業員との個別合意で雇用契約の内容を決定している場合には、契約内容の変更は①個別交渉によらなければなりません。3つの方法をとれるのは、あくまでも就業規則で雇用契約の内容を決めている場合に限られるとご理解ください。

① 個別交渉

まず一つ目の方法は、個々の労働者と個別に交渉をして、あらためて契約を締結することです。一番イメージしやすい方法だといえるでしょう。しかし、会社の規模によっては個々の従業員と個別交渉をするには、非常に労力がいるし時間もかかります。また、個々の従業員ごとに契約の内容がバラバラになってしまい、その後の契約管理が非常に煩雑になるというデメリットがあります。

② 労働協約の改定

次に、労働協約を改定することで従業員の契約内容を変更することが可能です。この方法による場合は、①の場合と異なり、個々の従業員との個別交渉は不要ですので、その点では労力・時間の節約になるといえるでしょう。しかし、労働組合との協議は駆け引きも必要な厳しい交渉ですから、個別交渉とは別の労力がかかります。また、労働組合が複数ある場合に、ある組合と結んだ労働協約の効力は他の組合に及びませんので、契約内容の変更という目的自体が達成できないおそれがあります。

③ 就業規則の改定

最後に、就業規則の改定によっても契約内容の変更が可能です。なぜなら、変更した就業規則の内容が合理的であり、周知されていれば、新しい就業規則の内容が個々の従業員の労働契約の内容になるからです(労働契約法10条本文)。この方法によれば、個々の労働者とのやりとりも必要ないし、就業規則は雇用主が一方的に変更できるものですから、厳しい交渉も必要ありません。

したがって、従業員の雇用契約の変更をする場合には、③就業規則の改定によるのがよいのです。

第3 合理性の判断基準と注意点

就業規則の改定による雇用契約の変更はたしかに雇用主が一方的にできるのですが、無制限に行えるのではなく、「内容の合理性」と「周知」という一定の歯止めがかかっています(労働契約法10条本文)。

1 内容の合理性

新たな就業規則の内容が合理的か否かは、労働契約法10条にあげられた要素を基準に判断されます。そこで、その基準ととるべき対策について簡単にみていきたいと思います。

① 従業員の受ける不利益の程度

従業員の「不利益」にあたるか否かについては、裁判例によるとかなり緩やかに判断されています。たとえば、55歳定年制から60歳定年制に移行するにあたり、変更後の新賃金制度が元の制度の嘱託制度の賃金より高額であっても、不利益にあたると判断した裁判例があります(東京地裁平成18年3月24日判決)。

② 雇用条件変更の必要性

変更する雇用条件の内容によって、変更の必要性に差が出てきます。たとえば、賃金・退職金等の従業員にとって重要な雇用条件についての変更は、より高度の必要性が必要です(最高裁昭和63年2月16日判決-大曲市農協事件)。

③ 変更後の就業規則の内容の相当性

この相当性判断の重要な要素が、2つあります。1つめが、突然大きな雇用契約の変更を求めるのではなく、一定の猶予期間として経過措置を置くことです。2つめが、従業員に不利益な雇用契約の変更をすると同時に、別途有利な雇用条件の変更も行うという代償措置を置くことです。

④ 労働組合等との交渉の状況

労働組合等との交渉状況も合理性判断には考慮されます。しかしながら、多数組合が必ずしも少数者の利益を代表しているとはいえないため、あまり重視されていないというのが実情です。

2 周知

「周知」といえるためには、就業規則を従業員が知ろうと思えば知ることができる状態にしておくことが必要です。具体的には、就業規則を各作業場の見やすいところに常時備え付けたり,また,社内のイントラネットなどを用いて,閲覧できる状態にしておいたりすればよいでしょう。

第4 とるべき対策

以上のような合理性の判断要素を踏まえて、雇用主としてどのような対策をとればいいのかを説明したいと思います。

1 改定内容を明らかにすること

まず、改定内容を明らかにすることです。そのために、改定点のみを示す資料を作成するとよいでしょう。

こうすることによって、従業員にとっても改定内容がわかりやすいですし、改定について従業員にきちんと説明したことの証拠になります。また、後にトラブルになった際に利用できるという利点もあります。特に労働審判においては、最大で3回の期日だけで審判がなされますので、わかりやすい資料を準備することは必須です。

なお、改定内容を明らかにするには改定前の就業規則が必要ですので、改訂前の就業規則は保管しておくようにしてください。

2 改定の必要性・目的を明らかにすること

前述のように、改定に至った経緯や改定の理由・目的は合理性判断の重要な要素になります。そこで、これらについて客観的資料に基づき証明できるようにしておくとよいでしょう。たとえば、具体的な決算の数字を用いて人件費削減の必要性を説明したり、改定を行った場合・行わなかった場合のシミュレーションの比較をしたりすることができるとよいと思います。

また、これらについて従業員への説明や意見聴取について記録しておきましょう。

3 対象者の範囲を明確にすること

一部の従業員を狙い撃ちにするような就業規則の変更は合理性がないと判断されることがあります。対象者は日々変動しますので、改定時の人数を明確に記録しておいてください。

第5 最後に

就業規則の不利益変更は、雇用主にとっては非常に便利な方法であるのは間違いありません。しかし、便利である反面、濫用を防止するための法規制があるのも事実です。安易に不利益変更を行い無駄なトラブルになっては意味がありませんので、ぜひ事前にご相談ください。

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