雇用契約に付随する義務② -安全配慮義務-

第1 安全配慮義務とは

安全配慮義務とは、最高裁判例によって「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務」と定義されています(最高裁昭和50年2月25日判決参照)。

この義務は、民法上に明文の規定がなく、判例法理によって認められたものでしたが、平成20年に施行された労働契約法5条によって安全配慮義務が初めて法律上規定されました。

労働契約法5条(労働者の安全への配慮)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

このように、安全配慮義務は法律上の規定として認められたわけですが、労働契約法5条のいう雇用主が実施すべき「必要な配慮」とは一律に定まるものではありません。

先ほどあげた最高裁昭和50年2月25日判決以降、当初は、主にじん肺訴訟、機械による事故、頸肩腕症候群等のいわゆる労災事故において安全配慮義務が問題となりました。その後、その適用範囲は広がりを見せ、心筋梗塞、心不全やうつ病等の精神的な作用による自殺等にも範囲を広げ、さらには、喫煙被害やセクシャル・ハラスメント等にも及ぶようになってきました。

これらからわかるように、安全配慮義務の適用範囲は、時代の推移によって、適用範囲を広げる傾向にあり、その内容は、従業員の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて決定されます。

会社にこの安全配慮義務違反が認められると、従業員に対して、債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことになります。

第2 安全配慮義務の類型

安全配慮義務は、具体的な状況に応じて決定されますので、これさえやっておけば確実に安全配慮義務に基づく責任を問われないというようなことはありません。具体例として、職場環境について安全配慮義務違反が認められた裁判例をいくつか確認したいと思います。
なお、安全配慮義務は高所での作業が必要な現場作業のように特に危険な業務のみに課される義務ではなく、ホワイトカラーの過重労働にも及びます。

  1. ① クレーンを運転する資格のない従業員がクレーンを運転していた事案において、クレーンの運転を止めさせるべき義務(千葉地裁平成1年3月24日判決)
  2. ② リフトを使用した冷凍食品の積卸し作業について、従業員にヘルメットを支給し、その着用を確実に指導・監督する義務(東京高裁平成11年10月20日判決)
  3. ③ 銀行業務従事者の手や肩の痛みについて、適切な人員配置をするか作業の機械化を図るなどして、従業員に過度な負担をかけないようにする義務(東京高裁平成5年11月19日判決)
  4. ④ コンピューターソフトウェア会社従業員の脳出血について、休憩時間、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、さらに、健康診断を実施したうえ、従業員の健康に配慮し、年齢、健康状態等に応じて従業員の従事する作業内容の軽減、就業場所の変更等適切な措置をとるべき義務(東京地裁平成10年3月19日判決)
  5. ⑤ 恒常的な長時間残業をしていた従業員がうつ病で自殺した事案において、雇用主には労働環境を改善し、あるいは従業員の労働時間、勤務状況等を把握して従業員にとって長時間又は過酷な労働とならないように配慮するのみならず、従業員が労働に従事することによって受ける心理面又は精神面への影響にも十分配慮し、それに対して適切な措置を講ずべき義務(広島地裁平成12年5月18日判決)

裁判例④・⑤のような過重労働について雇用主の取るべき対応は、長時間労働をさせないという予防対策に尽きます。厚生労働省の過労死認定基準を参考に、できる限り時間外労働時間を45時間以内にするよう従業員を管理することが望ましいといえるでしょう。特に、労働時間管理がなされていない管理職や、自発的・積極的に仕事をする従業員ほど過重労働になりがちなので注意が必要です。

また、裁判例④のように健康診断などを実施し従業員の健康状態を把握したうえで、それに応じて業務の軽減など適切な措置を講じなかった場合には、安全配慮義務違反が認められるおそれもあるので、健康診断なども確実に実施するようにしてください。

第3 直接雇用者以外に対する安全配慮義務

雇用主が安全配慮義務を負うのは、直接雇用者だけではありません。

前述した安全配慮義務の定義から、安全配慮義務を負うには直接雇用契約関係がなくても、「ある法律関係に基づいて社会的接触関係」があれば足りることになります。結論からいうと、他社への出向者や他社からの出向者、派遣従業員についても一定の範囲で雇用主が安全配慮義務を負うことになります。

1 出向者

通常、出向先は安全配慮義務を負います。なぜなら、具体的な業務環境を整備できるのは出向先だからです。

一方、出向元は具体的事情によっては安全配慮義務が否定される可能性もありますが、認められる可能性も十分あります。以下、参考になる裁判例を2つあげておきます。

  1. ① 出向先だけでなく、出向元が出向契約を介して労働環境の安全に配慮すべき義務がある(福島地裁昭和49年3月25日判決)
  2. ② 出向元は出向者を休職扱いしているうえ、工事の施行方法等について出向先を指導する余地もなかったとして、出向元の安全配慮義務を否定(札幌地裁平成10年7月16日判決

2 派遣従業員

派遣従業員の就労場所は派遣先ですし、派遣先は指揮命令権を有していますから、一定の範囲で派遣先も安全配慮義務を負うことになります。

第4 最後に

以上見てきたように、従業員を雇うことによって雇用主・従業員の間にはお互い様々な義務が生じます。それらの義務には、就業規則に明示されているものだけでなく、信義則上認められる(一般の人にはわかりづらい)義務があるのが実情です。このような一般人にはわかりづらい義務に違反しても損害賠償請求を負うことがありますので、法律のプロである私どもにぜひご相談ください。

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