会社の組織再編と労働関係
第1 会社の組織再編
流れの速いビジネスの世界では、景気の動向や会社の経済状況に合わせ、適切な会社組織で利益をあげていかなければなりません。
そこで、そのような場面に対処するため、会社法は事業譲渡、合併、会社分割など組織再編について規定しています。
その中で、今回は会社分割と労働関係についてお話したいと思います。
第2 誰がどの会社に行くの?
会社分割とは、文字通り、1つの会社を2つ以上の会社に分けることです。ある会社の一部を分割して新しく独立した会社を設立することを新設分割といい、ある会社の一部を分割して既存の会社がそれを承継することを吸収分割といいます。
では、会社分割を行う場合、従業員の振り分けはどのように行われるのでしょうか。具体的に考えてみましょう。
- <設例>
元々あるA社の一事業部門を新たなB社として独立させるため、会社分割(ここでは新設分割)を行うことになりました。では、元々いたA社の従業員はA社とB社のどちらに所属することになるのでしょうか?
まず、新設分割によってどの権利義務が承継されるかは、分割計画(会社法763条)によって決まることになります。労働関係もその例外ではありません。したがって、本来であれば、A社に残るかB社に移るかは、分割計画によって、会社が自由に決める事が出来るということになります。
しかし、A社とB社はまったくの別会社になるのですから、A社からB社に従業員が移籍するのは、従業員の同意なく転籍が行われるのと同じです。そこで、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」(労働契約承継法)という法律がその範囲や方法を定め、労働者の保護を図っています。 労働契約承継法によると、以下のように規定されています。
①承継される事業に「主として従事する」従業員の場合
原則として新設会社(B社)に承継されますが、もし、分割計画に承継される旨の記載がなく、かつ、労働者が異議を述べなければ、分割会社(A社)が維持することになります。
②承継される事業に「主として従事していない」従業員(=ⅰ:最初から承継される事業に従事していない従業員と、ⅱ:従としてしか従事していない従業員)の場合
原則として分割会社(A社)に引き続き労働関係が帰属しますが、もし、分割計画に労働関係が新設会社に承継される旨の記載があり、かつ、労働者が異議を述べなければ、分割会社(A社)が維持することになります。
言葉で聞いてもわかりにくいと思いますので、表にするとこのようになります。
承継事業に 主として従事する者 |
分割計画で 承継対象になっている |
異議不可 | 新設会社が承継(B社) |
分割計画で 承継対象になっていない |
異議あり (私も移らせて) |
新設会社が承継(B社) | |
異議なし (計画のままでいい) |
分割会社が維持(A社) | ||
承継事業に 主として従事していない者 |
分割計画で 承継対象になっている |
異議あり (私は移りたくない) |
分割会社が維持(A社) |
異議なし (計画のままでいい) |
新設会社が承継(B社) | ||
分割計画で 承継対象になっていない |
異議不可 | 分割会社が維持(A社) |
第3 「主として従事する」か否かの判断基準
以上のように、分割対象となった事業に「主として従事する」従業員か否かで、労働契約が承継されるかどうかの結論は全く異なってきますので、「主として従事する」かどうかの判断が決定的に重要となってくる場合があります。
では、「主として従事する」か否かの判断は、どのようなされるのでしょうか。
労働省告示第127号によると、「主として従事する」かは以下のように決定されます
①まず、承継される事業に専ら従事している場合は、「主として従事する」従業員になります。
②次に、承継される事業以外の事業にも従事している場合には、それぞれの事業に従事する時間、果たしている役割等を総合的に判断して「主として従事する」従業員かを判断します。
③さらに、総務、人事、経理等の間接部門に従事する者についても上記①・②に従って判断します。
④最後に、間接部門に従事する者でいずれの事業に従事しているか不明な場合は、それらの従業員を除いた従業員の過半数が労働契約を新設会社に承継される場合には、それらの従業員も「主として従事する」従業員になります。
第4 手続
労働契約承継法の効力を発生させるのに必要な手続きについて説明します。
1 7条措置
まず、会社は、すべての事業場において、過半数労働組合又は過半数労働者代表との協議その他これに準ずる方法によって、労働者の理解と協力を得るように努めなければなりません(労働契約承継法7条、同規則4条)。これを7条措置といいます。
一般的には、以下のような事項について理解と協力を得るよう努めるべきであるとされており、?で後述する5条協議までに措置を開始することが必要です。
①会社分割の背景・理由
②従業員の振り分けに関する判断基準
③労働協約の承継に関する事項
④福利厚生の取り扱い 等
この7条措置は努力義務ですから、これらの事項について従業員の合意が必要なわけではありません。したがって、あくまで理解と協力を得るよう努めれば足りますが、合意を取っておくのにこしたことはないでしょう。
仮に7条措置をとらなかった場合でも、原則として会社分割や労働契約承継に影響はありません。もっとも、?の5条協議義務違反の有無を判断するための一要素にはなります(最高裁平成22年7月12日判決-日本アイ・ビー・エム事件)。
2 5条協議
次に、会社は承継される事業に従事している従業員と通知期限までに労働契約の承継に関して個別に協議をする必要があります(平成12年商法等改正法附則5条)。
この5条協議では、一般的には、以下のような事項について協議を行います。
①当該従業員が「主として従事する」従業員にあたるか
②会社分割後に予定されている業務内容、就業場所
この協議も7条措置同様、合意を得ることまでは求められていません。しかし、法律上きわめて重要な手続と位置づけられていますので、協議に十分な時間をとり、できれば合意を得ておくべきです。
5条協議をまったく行わなかったり、または実質的にまったく行わなかったのと同視しうるような場合には、会社分割の無効原因となります。つまり、一度成立した会社分割が最初からなかったことになるというきわめて大きな効果が生じますので、5条協議をしっかりと行うことは必須です。
3 労働者及び労働組合への通知
分割計画を作成した後、会社は、①承継される事業に主として従事する従業員、②①以外の従業員であって承継会社等に承継させる従業員、③会社との間で労働協約を締結している労働組合に対して、書面で一定の事項を通知しなければなりません(労働契約承継法2条)
通知内容については、労働契約承継法施行規則1条等に非常に細かく規定されています。
たとえば、ア:当該従業員が承継対象になっているか、イ:当該従業員の異議申出期限日、ウ:当該従業員が上記①・②のいずれに該当するか、エ:承継される事業の概要、等を通知する必要があります。
第5 最後に
以上のような会社分割を始めとする組織再編は、法的な問題点がきわめて多く、所定の手続を経ないと効果が無効となってしまうような場合もあります。したがって、法律専門家の関与は不可欠といえます。
組織再編は会社の存続にも直結してきますので、万全を期すためにも、組織再編をお考えの経営者の方はぜひ一度ご相談ください。