身元保証

第1 身元保証とは

企業や会社が従業員を雇用する際,身元保証人を付けるケースがよくあります。身元保証とは,従業員がその責めに帰すべき事由によって使用者に対して損害賠償債務を負う場合に,その損害賠償債務を保証する契約をいいます。企業としては,従業員の不祥事による損害は,すべて身元保証人に負担してもらいたいところです。しかし,身元保証人の責任は,その範囲が広く,責任が重くなりすぎる危険があるため,身元保証法(身元保証ニ関スル法律)によって制限されています。

第2 身元保証法による制限

1 存続期間(1条・2条)

保証期間は,①期間の定めがなければ原則3年,商工業見習者については5年とされます。②期間の定め(特約)があっても5年を超えることはできず,これより長い期間を定めたときは5年に短縮されます。①・②いずれの場合にも更新することができますが,その期間は5年を超えることはできません。自動更新する旨の規定は無効とされます。したがって,企業は,期間満了の都度,身元保証契約を締結しなければなりません。

2 身元保証人の解除権(3条・4条)

企業は,一定の事由が発生したときは,遅滞なく身元保証人にその旨を通知しなければなりません。具体的には,次の2つです。

  1. ① 従業員に業務上不適任又は不誠実な事跡があって,このため身元保証人の責任を生ずるおそれがあることを知ったとき。
    従業員による横領,架空取引の計上,名誉棄損行為等の犯罪行為や不法行為が挙げられます。もっとも,従業員の不正行為等について会社が認識し得ない場合は,通知義務は発生しないと考えられます。例えば,X社の従業員Yが,在籍中にインターネット上の掲示板にX社の名誉を毀損する内容の投稿をした事案において,本件投稿の主体がYであると判明した時期はYの退職後であるから,X社にYの身元保証人Zに対する通知義務はなかった,とした裁判例があります(東京地判平成15年7月 8日)。
  1. ② 従業員の業務内容や勤務場所を変更し,このため身元保証人の責任が加重するか,または従業員を監督することが難しくなったとき。
    銀行に入行して9年後に支店長となった事案(東京地判昭和46年1月27日),旅行会社において課長待遇から支店長に昇格した事案(東京地判昭和44年8月5日)等があります。他方,相互銀行における相互掛金契約等の募集係外務員から集金係への任務の変更について通知しなくても,その事実は,身元保証人の責任を定めるにあたって斟酌する必要はない,とした裁判例があります(最判昭和41月2月11日)。

通知を受けた身元保証人は,将来に向かって身元保証契約を解除することができます。通知がなくても身元保証人自らが上記の事実があることを知った場合にも解除することができます。業務内容や場所を変更したとしても,身元保証人が解除権を行使しない限り,身元保証契約が失効することはありません(最判昭和44年2月21日:普通銀行員として入行した後,銀行支店長となった事例)。また,身元保証人による解除の効果は将来に向かってのみ発生するので,解除権を行使された場合でも,解除前に発生した責任を追及することは可能です。

3 保証責任の限度(5条)

裁判所が身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるとき,①被用者(従業員)の監督に関する使用者(企業)の過失の有無,②身元保証人が身元保証をするに至った事由及びそれをするときにした注意の程度,③被用者の任務または身上の変化,④その他一切の事情が考慮されます。裁判で最も争われることの多い重要な規定です。

例えば,企業が前記?の通知義務を怠っている間に従業員が不正行為をして身元保証人の責任を発生させた場合,通知の遅滞は,身元保証人の責任を当然に免れさせる理由とはなりませんが,身元保証人の損害賠償の責任およびその金額を定めるうえで斟酌すべき事情となります。また,通知の遅滞が斟酌すべき事情として考慮される以上,企業は身元保証人に対して通知の遅滞に基づく損害賠償義務を負いません(最判昭和51年11月26日)。

★一切の事情が考慮された結果,損害額が減額された裁判例

①神戸地判昭和61年9月29日(運商業者)
<事案と結果>
X社に雇用された経理担当の従業員Zが,約1年8か月にわたってXの取引先から集金した金員合計約900万円を横領したケース。身元保証人Yの責任につき,以下の事情を考慮した結果,損害額の2割に減額されました。
<使用者の過失>
・従業員Zが長期間にわたり不正を働いてX社に多額の損害を与えたのは,X社の監督体制の著しい不備に起因するところが大きかったこと。
・当初,X社は身元保証にさしたる関心も示していなかったこと。
<身元保証をするに至った事情,身元保証人の身上の変化>
・身元保証人Yは,従業員Zが経理の仕事をすることを知ったうえで身元保証をしたこと。
・Yは,従業員Zの妻として,やむをえず身元保証に応じたところ,現在,Yは,Zと離婚し,高額の賠償能力がないこと。
・Yには,Zの横領行為を防止又は発見する具体的な方策がなかったこと。

②東京地裁平成4年3月23日(証券会社)
<事案と結果>
X証券会社の歩合外務員Zが,内金の入金があるまでは新規買付け注文をしてはならないとの業務命令を受けていたにもかかわらず,客からの入金のないまま新規注文を受けてこれを執行したため,右客からの支払を受けられなかった買付け代金及び手数料に相当する額(約1億5千万円)の損害が発生したケース。身元保証人Yの責任につき,以下の事情を考慮した結果,Zが負担すべき損害額(約1億300万円)の4割(約4千万円)に減額されました。
<X社の過失>
・本件損害の発生について,X社には本件業務命令を他部門に対しても周知徹底する態勢を取る注意義務があったところ,株式部においてZによる買付け注文が業務命令違反であることが看過されたという過失があった。
<Yが身元保証をするに至った事情>
・Yは,Zの長年の友人関係にあったことからXの身元保証人となることにした。
<X社における身元保証契約の方法,身元保証書の提出方法,身元保証人の信用力・財力等の調査方法>
・X社では,歩合外務員の直属の上司においても,歩合外務員にどのような身元保証人がついているかを的確に把握していなかった。
・X社では,身元保証人の条件として,持ち家があること及び中流以上の収入があることが大体の基準として設けられていたが,身元保証人になろうとする者に面接する等の調査はせず,歩合外務員をして身元保証人から身元保証書に署名押印をさせて,その提出を受け,その際に歩合外務員に対して身元保証人の勤務先等の確認をする程度であった。
・X社では,Zの業務がX社に多大な損害を及ぼす危険性があるにもかかわらず,身元保証をそれほど重視していた形跡は見られず,Yに対して,Zの業務の危険性に照らして,身元保証の重要性と責任の重大性について十分な説明をしていなかった。
<本件損害の性質>
・本件損害額には相場の変動という不確定な事情が加味されている。

③東京地裁平成23年8月10日(不動産業者)
<事案と結果>
X社の取締役総務部長として,X社が振り出す小切手の作成に関与していたZが,X社名義の郵便貯金口座から引き出した現金及びX社の降り出した小切手を横領して,約900万円の損害を与えたケース。身元保証人Yの責任につき,以下の事情を考慮した結果,損害額の3割(約300万円)に減額されました。
<Yが身元保証をするに至った事情>
・Yは,Zと親戚関係にはないものの,Zがかつて居住していた地方の高校の同級生であったことから,X社から2名の身元保証人のうち1名は親族以外としてほしいとの要請を受けたZの依頼を受けて,Zの父であるAと共に,本件身元保証契約を締結することとした。
<通知義務の懈怠>
・X社は,平成15年2月7日までにはZによる本件貯金着服行為を知っていたにもかかわらず,Y及びAに対して身元保証法3条に基づく通知を送付することなく,平成18年1月18日,本件訴えの提起により初めて本件身元保証契約に基づく保証債務の履行を求めた。
<管理体制等の不備>
・X社の社長は,Zによる着服行為がなされた期間である平成9年から平成15年に至るまで,長期にわたって本件貯金着服行為に気がつかなかった。
・X社の経理は,伝票を作成しなかったり後でまとめて作成するなど,ずさんなものであった。

4 本法の強行性(法6条)

身元保証法に反する契約で,身元保証人に不利益なものは,すべて無効とされます。

5 身元保証契約の相続性(判例)

身元保証人の地位は一身専属的なものと考えられていますから,具体的な責任の発生する以前における身元保証人の地位は相続されません。つまり,身元保証人の相続人は,身元保証人の死亡時に従業員の不正行為等によりすでに発生している保証債務に限って相続します。身元保証法に明文はありませんが,当然の事理として判例上認められています。

第3 企業が身元保証人を付ける場合のポイント

企業は,身元保証法の制限を踏まえた上で,実効的な身元保証契約を結ぶ必要があります。そこで,以下の点に留意しましょう。

1 身元保証契約書・印鑑証明書

身元保証法上の身元保証契約であることが明確となる身元保証契約書を作成して,身元保証人に対して契約書に自署及び押印するよう求めます。押印は実印を用い,印鑑証明書を添付することをお勧めします。

★身元保証契約書・書式例

身元保証

2 更新・通知・保証人の資力

身元保証の存続期間は5年が上限ですから(法2条),身元保証契約を5年ごとに更新することを忘れてはなりません。また,更新時における紛争を回避するために,契約の更新に協力しないことが解雇理由に当たる旨を就業規則に定めておくとよいでしょう。

身元保証人の責任が減額されることのないよう,身元保証人への通知義務(法3条)を怠ってはなりません。通知の方法について法律で規定されていませんが,通知の事実を明確化して紛争を回避するために,内容証明郵便によることをお勧めします。

というとき身元保証人から損害賠償金を確実に回収することができるように,保証人の資力や支払い能力,資産の所在等を確認しておくと安心です。保証人となるための一定の資格について就業規則に定めておくとよいでしょう。

3 就業規則の定め

身元保証書の不提出を理由とする解雇について,会社が金銭貸付業であることを重視して,身元保証書の不提出は従業員としての適格性に重大な疑義を抱かせる重大な服務規律違反又は背信行為にあたるといえ,解雇は有効であるとした裁判例があります(東京地判平成11年12月16日)。この会社では,従業員が日ごろから金銭を扱う機会が多いため,横領等の事故を防ぐとともに従業員に自覚を促す意味も込めて,身元保証書の提出を採用条件としていました。

身元保証契約書が確実に提出されるように,雇用の際,従業員には身元保証契約書の提出義務がある旨を就業規則に定めておきましょう。

★身元保証契約に関する就業規則・記載例

身元保証_就業規則例

4 責任保険

身元保証人の責任は,身元保証法による制限に加えて,保証人の資力によって左右されるため,確実な回収方法とはいいきれません。身元保証人に頼ることなく,各種の責任保険に加入する等して,損害の回復をはかる措置を講じておくべきでしょう。

5 民法改正

2018年を目処に民法の改正が予定されています。改正に伴って身元保証契約の有効性についても強く影響されることが予想されますので,改正の動向にご注意ください。

第4 身元保証と類似の概念

1 人物保証

身元保証との言葉は,従業員の身元や人物が確かであることを保証するという意味で用いられることもあります。例えば,従業員のことをよく知る紹介者が,その従業員の出自や素性が書面記載の通りであることを請け合ったり,その従業員が信用するに足る人物であることを確言するといったケースです。こうした単なる人物保証の場合には,従業員の損害賠償債務を保証するという責任が発生しないこともあるのでご注意ください。

具体的には,YがX社に対して「Zは間違いのない信用のできる人物である。自分の給料を減らしてもよいから,Zを採用して貰いたい。」などと言ってZを紹介したケースについて,Yがたとえ「保証する」という表現を使ったとしても,Yには,X社に与えた損害を賠償することまで約束する意思があったとは認められないとして,身元保証人としての損害賠償債務を否定した裁判例があります(東京地判昭和40年12月23日)。ここでは,身元保証書・身元引受書などと題する独立の証書や従業員本人の差出す誓約書に連記連署した証書を雇主に差入れていないことが重視されています。

したがって,単なる人物保証ではないことを明確にするためにも,身元保証契約書を作成することが重要です。

2 身元引受

雇用に付随して行われる身元保証と身元引受は,区別することなく用いられることが多いですが,法的には別個の概念といえます。すなわち,身元保証は,従業員本人が将来その責めに帰すべき事由によって使用者に対して債務不履行による損害賠償債務を負担すべき場合にその債務を保証するものであって,一種の条件付き債務といえます。他方,身元引受は,本人の病気やその他の事故等についても一切引き受け,使用者に従業員本人を雇用したことから何らの損害を生じさせないようにするものです。この場合には主たる債務が存在しないので保証ではなく,一種の損害担保契約といえます。

身元保証法上の「身元保証契約」は前者を指します。もっとも,同法上の契約は,「引受」や「保証」等の名称を問いません。したがって,「身元引受」の名称が用いられていても同法の適用を受けることがあります。その場合,不可抗力による事故のように従業員の責めに帰すべき事由によらない損害については,身元引受人は損害賠償責任を免れます。

身元引受人の責任も,保証人同様に重すぎると考えられてきたため,判例は,当事者の意思と条理とによって引受人の責任を限定してきました。したがって,企業としては,責任の範囲が不明確となりがちな身元引受ではなく,身元保証法の適用を受ける身元保証契約を定めるべきでしょう。

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