会社法トラブルその10 株主代表訴訟

第1 はじめに

コラム「取締役の義務」において、取締役は株式会社に対して様々な義務を負っていること、取締役の義務違反行為によって株式会社に損害が発生した場合、取締役は株式会社に対して損害を賠償しなければならないこと(会社法423条1項)を説明しました。例えるなら、株式会社というロボットが、パイロットである取締役の無理な操縦のせいでボロボロになった、したがって取締役は責任をもって補修しなければならないということを意味します。これを株式会社の側から見れば、“株式会社は、約束を破った取締役に対して、損害賠償請求をすることができる”と言い換えることもできるでしょう。

さて「株式会社は…取締役に対して…請求することができる」と説明しましたが、株式会社というロボットを操縦しているのは、取締役です(349条4項参照)。そうすると、理論上は、取締役が、株式会社というロボットを操縦して、自分自身に対して“損害の賠償をしろ”と請求することになります。しかし、一般的に自ら損をすることを望む人はいませんから、このような請求がなされることは期待することはまずできません。このような事態を避けるため、会社法では監査役など“代わりの者が株式会社というロボットを操縦して取締役を訴える”という仕組みが用意されています(会社法353条、364条、386条1項)。しかし、代わりの者と損害賠償義務を負う取締役との馴れ合いなどによって、損害賠償請求がなされないということも起こりえます。

取締役は自ら行動を起こさない、代わりの者も何もしないとなると、株式会社というロボットは、ボロボロの状態で放置されることになります。株式会社の所有者である株主としては、この状態を黙って見過ごすわけにはいきません。そこで会社法は、一定の条件を満たす場合には、個々の株主が取締役に対して、“株式会社にキチンと損害の賠償をしろ”という訴訟を提起できるようにしました。これを「株主代表訴訟」と呼びます。このコラムでは、株主代表訴訟の手続きについてお話しします。

どのような場合に、取締役の義務違反が認められるのかなどはコラム「取締役の義務」を参照してください。

第2 「株主」が代わりに行使できる権利とは

株主代表訴訟の対象となる権利は、以下の通りです(会社法847条1項本文)。

  1. ①「発起人、設立時取締役、設立時監査役、「役員等」…、清算人の会社に対する責任を追求する訴え、
  2. ②株主の権利の行使に関して利益供与がなされた場合の、株式会社の被供与者に対する利益の返還を求める訴え(会社法120条3項)
  3. ③不公正な払込金額で株式または新株予約権の引受がなされた場合の、株式会社の株主等に対する不足額の支払いを求める訴え(会社法212条1項、285条1項)

①のみが「責任を追及する訴え」という抽象的な文言で、条文の引用がなされていません。そこで「責任を追及する訴え」とは何かについて、学説上争いがあります。判例は、明言はしていませんが、会社法上認められている取締役等に損害賠償責任や支払義務(会社法52条1項、53条1項、120条4項、213条1項、286条1項、423条1項、462条1項、464条1項、465条1項、486条1項)のほか、取締役等が株式会社との取引によって負担することになった債務も含まれると解しているようです(最判平成21年3月10日)。

なお、このコラムでは説明の便宜のため、株式会社の取締役に対する任務懈怠に基づく損害賠償請求(423条1項)を想定して説明します。

第3 株主代表訴訟の手続

1 株主代表訴訟を提起できる「株主」とは

株式会社の所有者である株主としては、出資した額の多寡を問わず、株式会社に発生した損害を取締役に賠償してもらいたいと思うことでしょう。他方で、株主なら誰でも訴訟提起できるとすると、損害賠償が認められるような事情がないにもかかわらず嫌がらせ目的で訴訟提起する“クレーマー”のような者が登場するおそれがあります。

このような事情を踏まえて会社法では、基本的には1株以上の株式を保有してれば、株主代表訴訟を提起する資格があるとしています。ただし、比較的株主の数が多く誰でも株主になることができる公開会社では、上記の“クレーマー”が登場するおそれが相対的に高いことから、6か月以上株式を保有していた株主に限り株主代表訴訟を提起する資格を認めています(以上、会社法847条1項2項参照)。

2 訴訟提起までの手続

株主は、いきなり裁判所に行って訴訟提起できるわけではありません。上記の通り、あくまで損害の賠償をしてもらう、言い換えれば取締役からお金を受け取るのは株式会社です。そうすると、まずは株式会社自身が損害の賠償を請求するほどの事態なのかを判断する機会を与えなければなりません。そこで、株主は、原則として、まず株式会社に対して“取締役に対して損害賠償請求をしてください”と請求することを要します(会社法847条1項)。これを「提訴請求」と呼びます。そして、提訴請求の日から60日以内に、株式会社側が何の対応もしない場合にはじめて、提訴請求をした株主は株主代表訴訟を提起することができます(会社法847条3項)。

この提訴請求は、単に株式会社に行って、“提訴請求をします”と言えばいいだけではありません。現実には、上記記載の“代わりの者”に対して提訴請求をしなければなりません。具体的には、監査役設置会社においては監査役(会社法386条2項1号)、委員会設置会社においては監査委員(会社法408条3項1号)、それ以外の株式会社では代表取締役(会社法349条4項、353条、364条)に対して提訴請求をすることになります。また、提訴請求の方法も、口頭ではなく、会社法施行規則217条所定の事項を記載した書面で行うことが要求されています。

※株主代表訴訟の手続上の特殊性

訴訟は、裁判所という国家機関が人的・物的資源を用いて執り行っているものですから、当然「タダで」というわけにはいきません。法律の定めにしたがって、一定の手数料を支払うこととされています(民事訴訟費用等に関する法律3条1項)。金銭の支払いを目的とする訴訟の場合、その手数料は、訴訟で請求した額を基礎にして算定します(民事訴訟費用等に関する法律4条1項)。したがって、請求額に比例して手数料の負担も大きくなる、というのが原則です。

株主代表訴訟も金銭の支払いを目的とする訴訟ですが、請求が認容されても、株式会社への金銭の支払いが命じられるだけで、原告となった株主が直接利益を得るわけではない点に特殊性があります。この特殊性を受けて、わが国では、株主代表訴訟は全て「財産権上の請求でない請求」とされ(会社法847条6項)、請求額は一律「160万円」とみなされています(民事訴訟費用等に関する法律4条2項)。この結果、上記原則とは異なり、請求する額がいくらであって株主代表訴訟の手数料は一律1万3千円になります(民事訴訴訟費用に関する法律3条1項別表第1、第1項)。手数料は訴えを提起する段階で納付するので、訴えを提起する株主にとっては大変利用しやすい制度になっています。

3 訴訟提起後の手続き

(1) 馴れ合い訴訟等への対策

株主代表訴訟は、提訴請求をした株主が原告、株式会社に損害賠償請求をしなければならないと思われる取締役が被告となって、手続が進められます。言い換えれば、取締役が株式会社に対して損害賠償をしなければならないのか、損害賠償をするとしてどの程度お金を払うのか、というのは全て株主と取締役次第ということになります。そして、一定の場合には、株主代表訴訟を提起した株主と取締役との間で和解をして、任意に損害賠償の額を決められる場合があります(会社法850条2項3項参照)。

判決がなされたり和解がなされたりすると、その判決の効力は株式会社や他の株主にも及ぶと解されています(民事訴訟法115条1項2号)。仮に判決や和解の内容に不服があったとしても、後日改めて争うことはできません。そこで会社法は、“訴訟に関与しておけばよかった”ということにならないように、株式会社や他の株主が訴訟に参加する機会を与える制度を設けました。

まず株主代表訴訟を提起した株主は、株式会社に対して、株主代表訴訟を提起したことを伝えなければなりません(「訴訟告知」(会社法849条4項))。訴訟告知を受けた株式会社は、株主に対して、株主代表訴訟が提起されたことを知らせなければなりません(会社法849条5項)。このように訴訟に関与する機会が与えられることで、株式会社及び株主は、株主代表訴訟を提起した株主と共同して訴訟手続きを進め、又は当事者の一方をサポートすることができるようになります(会社法849条1項)。

(2) いわゆる“クレーマー”対策

公開会社では6か月以上株式を保有している株主に限り提訴請求・株主代表訴訟の提起ができると説明しましたが、“クレーマー”対策としては十分でない場合もあります。そこで会社法は、他の“クレーマー”対策を設けました。

まず「株主若しくは第三者の不正の利益を図」る目的、又は「株式会社に損害を加えることを目的」があると認められる場合には、その提訴請求は無効として扱われます(会社法847条1項但書)。仮に株主代表訴訟が提起されても、無効な提訴請求に基づく株主代表訴訟は不適法なものだとして扱われます。

また、株主代表訴訟が株主の「悪意」によって提起された場合には、裁判所は被告取締役の申し立てに基づいて、株主に「相当の担保」を立てるよう命じることができます(会社法847条7項8項)。ここにいう「悪意」とは、①敗訴の可能性が高いことを認識しつつあえて株主代表訴訟を提起した場合、及び②不当な利益を得る目的又は被告取締役や株式会社に損害を与える目的で株主代表訴訟を提起した場合のことだと解されています。そして、「悪意」に基づく場合には、被告取締役の当該株主に対する不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)が認められる可能性が高いことから、損害賠償相当額を株主に提供させることにしました。そして、裁判所の命令に反して、株主が「相当の担保」を提供しない場合には、株主代表訴訟は不適法なものとして却下されます(民事訴訟法81条、78条)。

4 原告となった株主と株式会社の関係

株主代表訴訟は、本来株式会社が原告となって行うべき訴訟を、代わりに株主が行うものです。代わりに訴訟追行してもらった以上、訴訟終了後は株主と株式会社との間で一定の“清算”することが望ましいです。以下、訴訟に勝った場合と負けた場合に分けて説明します。

(1) 訴訟に勝った場合 ~弁護士費用等の請求~

株主代表訴訟が、株式会社だけが利益を享受でき、株主は“ボランティア”に過ぎない制度であれば、株主は自ら費用を負担して訴訟提起をする気にはならないでしょう。そこで会社法は、株主が勝訴(一部勝訴の場合を含む)した場合には、株主は会社に対して、株主代表訴訟に関して支出した必要費用(調査費用、通信費など)や弁護費用の内で「相当と認められる額」の支払いを求めることができることにしました(会社法852条1項)。条文上は、「勝訴した場合」となっていますが、訴訟上の和解が成立した場合にも同条の適用があると解されています。

なお株主が請求できるのは、負担した費用の全額ではなく、あくまでその範囲内で「相当と認められる額」に過ぎません。弁護士費用については、会社が得た利益の程度を基準にして、事案の難易度・軽重や弁護士の手数の繁簡(口頭弁論期日の回数、提出した訴訟資料の内容及び分量、証拠調べの回数及び人数、和解交渉の経緯、事件の終了に至る期間など)等の諸般の事情を考慮して判断されます。

(2)訴訟に負けた場合 ~損害賠償責任~

株主代表訴訟で負けた場合、株式会社と取締役の間で「株式会社の取締役に対する○○請求権が存在しない」ものとして扱われます(民事訴訟法115条1項2号)。そうすると、株式会社は金銭を取り損なうことになりますから、訴訟追行した株主に対して責任を追及したいと思うことでしょう。このとき、もし株式会社が株主に対して、株主代表訴訟で敗訴したことについて損害賠償請求しうるとしたら、株主は株主代表訴訟を行うことをためらうようになります。このような事態を避けるために置かれたのが会社法852条2項です。

会社法852条2項によれば、株主代表訴訟を提起した株主が敗訴した場合であっても、株主に「悪意」がなければ株式会社に対して損害賠償責任を負わないこととされています。ここにいう「悪意」とは、会社にとって不適当な結果が発生することを知って、または意図して訴訟追行した場合のことです。具体例としては、訴訟定期の結果、株式会社の資産状況に対する信用が失墜することを知っていた場合や会社荒らしの目的であえて適切な訴訟追行を怠り敗訴した場合などが挙げられます。

以上

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