固定残業代
第1 はじめに
労働基準法37条は、従業員が1日8時間以上働いたり(時間外労働)、休日・深夜(夜10時以降)に働いたりした場合には、割増賃金を支払うことを求めています。もっとも、この割増賃金の支払いに代えて、定額の手当(名目はいろいろあります)を支給するという取り扱いをしている雇用主の方がいらっしゃるかもしれません。そこで今回のコラムは、そのみなし割増賃金(固定残業代)制について説明したいと思います。
第2 固定残業代制の基本的な考え方
固定残業代制とは、労働基準法などの法律に明文の規定はありませんが、時間外労働、休日労働、深夜労働に対する割増賃金を、あらかじめ定額の手当等の名目で、あるいは基本給の一部として支給する制度のことをいいます。
この固定残業代制は労働基準法37条が定めるのと違うやり方で割増賃金を支払うことになるのですが、労働基準法37条に違反しないのでしょうか。
結論からいうと、労働基準法37条が定める額以上の割増賃金が支払われる限りは適法だと考えられています。もっとも、実際の時間外労働時間が予定されていたものを上回った場合は、その超過分については別途支払わなければなりません。そして、割増賃金として法所定の額が支払われていることを明確にするために、割増賃金相当部分とそれ以外の賃金部分を明確に区別することが必要とされます(最高裁平成24年3月8日判決)。毎日の時間外労働時間、休日労働の時間数がおおむね一定している場合には、毎月の割増賃金を計算する必要もなくなり、非常に有益な制度といえるでしょう。
これらの基本的な考え方をもとに、割増賃金をあらかじめ定額の手当等の名目で支払う場合と、基本給の一部として支払う場合に分けて検討します。
第3 基本給に加えて、時間外労働に対して定額手当を支給する方法(定額手当制)
定額手当制は、会社が基本給の他にたとえば「営業手当」や「セールス手当」などという名称で、一定額の支給をしている際に、その「営業手当」や「セールス手当」が割増賃金に代わる手当にあたるかが問題となります。 これらの手当が割増賃金に代わる手当に当たるとすると、以下のような効果をもたらします。
①時間外手当算定の基礎となる賃金額から、当該手当分が除かれます
②雇用主は当該手当分の割増賃金支払いを免れます
では、どのような場合に定額手当制が認められたのか裁判例を確認してみましょう。
【手当を割増賃金として認めた裁判例】
- ○名古屋地裁平成3年9月6日判決(名鉄運輸事件)
一般貨物自動車運送会社の運送乗務員に支給される「運行手当」が、深夜労働せざるを得ない乗務員のみに支払われていること、就業規則において割増賃金であることを明示していることから、割増賃金として扱うことを認めました。
○大阪地裁昭和63年10月26日判決(関西ソニー販売事件)
セールスマンに支給されていた「セールス手当」について、会社がセールスマンの時間外勤務時間を調査して手当の割合を定めたこと、休日勤務手当は別途支給されていること、給与規定の規定の仕方等から、セールス手当は休日労働を除く所定時間外労働に対する対価であると判断しました。
○東京地裁平成10年6月5日判決(ユニ・フレックス事件)
営業担当者に支給されている「営業手当」について、就業規則の規定上、営業手当は営業の特質に即した時間外手当の意義を有すると判断しました。
【手当を割増賃金として認めなかった裁判例】
- ○東京地裁昭和63年5月27日判決(三好屋商店事件)
従業員を営業係に配置換えするにあたり、残業手当の支給に代えて基本給と諸手当を合計3万6000円増額した事案について、時間外割増賃金に相当する金員を基本給と職務手当の中に含めて支給していたといえますが、割増賃金の額が法定額を下回っているかどうか具体的に計算できないため、そのような方法による支払いは認められないと判断しました。
○大阪地裁平成8年10月2日判決(共立メンテナンス事件)
管理職に対して支給されていた毎月4万円の「管理職手当」について、この手当は趣旨が不明確であり、時間外労働等に対応したものとはいえないと判断しました。
○大阪地裁平成12年4月28日事件(キャスコ事件)
従業員に支給されていた「職能手当」について、職能手当が時間外賃金を含むとしても、割増賃金部分と他の部分とを明確に区別しているといえないため、認められないと判断しました。
これらの裁判例をみていくと、各手当の実質について、就業規則の定め方、給与明細上の記載、実際の運用等を総合的に判断しているといえます。
そこで、定額手当制の導入を考えている雇用主としては、手当が明確に割増賃金の支払いと認められるように、以下の2点に注意する必要があります。
①当該手当が基本給とは別に割増賃金の支払いに代えて支払われるものであるという趣旨を明確にしておくこと
②後になって割増賃金相当額が算定できるよう、通常の賃金に当たる部分と明確に分けること
第4 割増賃金を基本給に組み込んで支給する方法(定額給制)
定額給制においては、割増賃金に相当する部分とそれ以外の部分が明確に区別されており、労働基準法所定の割増賃金額以上の支払いがされたと判断できない限り、原則として違法となります。
そこで、以下のように、割増賃金に相当する部分とそれ以外の部分を明確に分けるようにしてください。
○ 「基本給40万円のうち、8万円は1ヶ月30時間の時間外労働に対する割増賃金とする。」
× 「基本給40万円に固定残業代を含む。」
第5 年俸給の場合
年俸制は割増賃金を支払う必要がないと認識している雇用主の方がいるかもしれません。
しかし、年俸制というものは賃金の額を年単位で決めるものにすぎず、その中に割増賃金が含まれているわけではありません。したがって、年俸制であっても管理監督者ないし裁量労働制に当たらない限り、雇用主が割増賃金の支払い義務を免れることはありません。
第6 歩合給の場合
歩合給についても、通常の賃金支払いや年俸制の場合と同様、割増賃金の支払いは必要です。
これまで検討してきたのと同様、雇用主が一番注意しなければいけないのは、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分を判別できるように賃金を支給することです。
第7 まとめ
固定残業代を採用するにあたって、雇用主にとって一番ダメージが大きいのは、会社としては手当や基本給に割増賃金を含めていると考えていたのに、実際はそう認められず、従業員から割増賃金の支払請求を受けることです。最悪の場合には、退職した従業員がこぞって割増賃金の支払い請求をしてくることもありえます。
そのような事態を招かぬよう、本文の繰り返しになりますが、①当該手当が基本給とは別に割増賃金の支払いに代えて支払われるものであるという趣旨を明確にしておくこと、②後になって割増賃金相当額が算定できるよう、通常の賃金に当たる部分と明確に分けること、の2点をしっかり守るようにしてください。