従業員に対する損害賠償請求

第1 はじめに

従業員が仕事上でミスをして第三者に損害を加えてしまった場合、雇用主が従業員に対してとり得る手段としては、就業規則の定めに従った懲戒処分、人事考課、退職金の不払い、解雇等があります。これらに加えて、雇用契約の労務提供義務や付随義務に違反したとして従業員に対し債務不履行に基づく損害賠償請求や、不法行為に基づく損害賠償請求が可能な場合もあります。また、雇用主が使用者責任(民法715条1項)に基づき第三者に生じた損害を賠償した場合には、従業員に対しその分の支払いを求めること(これを、「求償権の行使」といいます。)も可能です(民法715条3項。詳しくはコラム「従業員の不法行為と使用者責任」参照)。

従業員に対して損害賠償請求するというのは、雇用主としてあまり気持ちのいい話ではないかもしれません。しかし、やむを得ずそのような措置が必要な時がくるかもしれませんので、対策は考えておかなければなりません。そこで、今回のコラムでは、雇用主が従業員に対し損害賠償請求をするような事態になった場合の注意点をお話したいと思います。

第2 従業員への損害賠償請求についての注意点

1 損害賠償請求権の行使が制限される場合

相対的に弱い立場にある従業員を保護する趣旨から、雇用主の従業員に対する損害賠償請求の行使態様について、法律上一定の制限がなされています。

まず、雇用主と従業員との間で、あらかじめ「○○の行為があった場合には××円の損害賠償金を支払う」などと決めておく、賠償額の予定契約はできません(労働基準法16条)。

また、損害額を賃金から相殺することも原則としてできません(全額払いの原則-労働基準法24条1項)。なお賃金との相殺について、詳しくはコラム「賃金」を参照してください。

2 従業員の責任が制限される場合

(1) 裁判実務の傾向

単純に考えれば、従業員がミスをして第三者に損害を加えてしまった場合、従業員が全額その損害を賠償すると考えるのが素直かもしれません。しかし、実務上はそのようには考えていません。雇用主は従業員を使って利益を得ているのだから、従業員のミスによって損害が発生した場合も雇用主が一定限度責任を負い、必ずしも従業員が全額の賠償をしなくてもいい場合があると考えられています。

では、どのような場合に従業員の責任が制限されるのでしょうか。この点、この問題のリーディングケースである最高裁昭和51年7月8日判決を踏まえて、従業員の責任制限を判断するためには、①従業員の帰責性(故意・過失の有無・程度)、②雇用主側の管理体制(指示内容の適否、保険加入による事故予防、リスク分散の有無)、③従業員の置かれている状況、等が考慮されていると考えられています。

もっとも、これらの基準は抽象的なので、裁判例を参考にもう少し具体的に見ていきたいと思います。

(2) 責任制限の基準

①従業員の帰責性(故意・過失の有無・程度)

(ア)まず、故意に損害を発生させた事例や犯罪事例、社会通念上相当の範囲を超える引き抜き等の場合は、原則として損害賠償の責任制限の法理は適用されず、従業員が全額その損害を賠償することになります。参考になる裁判例として以下のようなものがあります。

ⅰ)売上金の着服(大阪地裁平成9年3月21日判決)

ⅱ)売上の虚偽報告による歩合給の騙取(大阪地裁昭和61年2月26日判決)

ⅲ)見積額で購入が可能だったのにあえて高い価格で商品を購入(大阪地裁平成11年1月29日判決)

もっとも、故意による不適切な営業取引の場合でも、必ずしも従業員が全額負担するわけではありません。たとえば、自己の経済的利益を得るというより支店の営業利益達成のために内規に違反した貸付行為をした事案について、従業員の負う責任は10%であると判断した裁判例があります(東京地裁平成17年7月12日判決)。

(イ)次に、従業員が過失によって第三者に損害を与えてしまった場合には、従業員の過失の程度が重いほど、従業員の負担割合は高くなります(名古屋地裁昭和59年2月24日判決)。また、過失の程度がかなり軽く軽過失にとどまる場合には、従業員は責任を問われない可能性も高いです(名古屋地裁昭和62年7月27日判決)。

②雇用主側の管理体制(指示内容の適否、保険加入による事故予防、リスク分散の有無)

基準②については、以下の裁判例のように考慮されています。

ⅰ)ミスをしないように十分な事前報告や教育をしなかったこと(京都地裁平成12年11月21日判決)

ⅱ)従業員の行為を日常的にチェックしなかったこと(東京地裁平成4年3月23日判決)

ⅲ)任意保険をかけていなかったこと(福岡高裁平成13年12月6日判決)

ⅳ)深夜労働や長時間労働などの労務管理の状況(名古屋地裁昭和62年7月27日判決)

③従業員の置かれている状況

基準③については、以下の裁判例のように考慮されています。

ⅰ)従業員が懲戒処分や配転等の一定の制裁や人事措置を受けていること(大阪地裁平成3年10月15日判決)

ⅱ)賠償金支払いのための従業員の資力(福岡高裁昭和59年6月6日判決)

3 従業員の退職との関係

期間の定めのない契約をしている従業員の場合、民法上は従業員側から2週間前に申し入れをすれば退職することができます(民法627条)。では、このように2週間前の申出をすることなく突然退職した場合や、期間の定めのある契約をしている従業員が契約期間の途中で突然退職した場合、雇用主は従業員に対して損害賠償請求ができるでしょうか。

裁判例を考慮して考えると、結論として従業員に対する損害賠償請求は難しいです。例外的に従業員への損害賠償請求を認めた裁判例としては、特定業務に従事させるため期間の定めのない契約をした従業員が、入社後4日間勤務したのみで約1ヶ月後に退職し、当該業務の取引先から契約を打ち切られた事案で、従業員に対する損害賠償請求を認めたものがあります(東京地裁平成4年9月30日判決)。ただし、この裁判例の他に従業員の責任を認めた裁判例はほとんどありません。

第3 身元保証人への損害賠償請求についての注意点

従業員に対して直接する請求とは異なりますが、身元保証人(詳しくはコラム「身元保証」参照)に対する請求についてもここで簡単に触れておきたいと思います。

身元保証人への請求についても、従業員に対する請求と同じく、必ずしも損害額全額の賠償が可能とはいえないことに注意してください。損害賠償責任および金額の判断に際しては、①会社側の過失の有無、②身元保証するに至った理由、③会社の注意の程度、④任務・身上の変化、⑤その他一切の事情が考慮されます(身元保証法5条)。

なお、身元保証は、期間を定めていなかった場合は3年、期間を定めた場合でも5年が最長期間となります。自動更新も認められませんので、5年後もさらに継続したいときは、あらためて契約を結び直す必要があります。

第4 最後に

以上みてきたように、従業員に損害賠償を請求する際は要注意です。実際の行動に移す前に、一度ご相談されてはいかがでしょうか?

まずは弁護士事務所へお気軽にご相談ください!

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