特許法ケーススタディその3 従業員の発明について

<前提となる事実>
 Aさんは、家電の製造・販売を行うB社の従業員で、商品開発部に勤務しています。
 Aさんは、従来の製品と比べて、低コストでかつ浄水能力の高い浄水ポットαの開発に成功しました。
Q3. B社の就業規則には「従業員が職務として行った発明は、B社に特許を受ける権利を取得させる」旨の規定がありました。
 このような場合に、AさんはB社に対して、どのような請求ができますか?
本件のポイント-
職務発明制度

第1 はじめに

Aさんは浄水ポットαの発明者ですから、自ら特許権を取得することができる、と考えるのが一般的でしょう。しかし、B社の従業員であるAさんが特許権者だと、色々面倒な面もあります。

一般的に従業員個人は、企業が特許権者の場合と比べて、資源も知名度もありません。そうすると、自ら設備投資して発明品を製造・販売したり、ライセンス契約の締結に向けて宣伝・交渉を行ったりするのが相対的に難しいです。これでは特許権を付与しても活用することができませんから、「産業の発達」という特許法の目的を達成することができません。

他方で、従業員の発明は、企業等の使用者から設備や資源の投資を受けて行われる場合が多いです。特許権を従業員個人が独占できるとなると、使用者としては面白くないでしょう。そうすると、従業員の発明に対する投資を控えるようになる可能性があり、結果的に従業員が働きにくい環境になるおそれもあります。

そこで特許法は、発明に対する使用者の貢献と発明者である従業員の利害を調整しつつ、従業員の発明をより活用しやすい制度をつくりました。これを「職務発明制度」(特許法35条参照)と呼びます。以下、職務発明について詳しく説明します。

第2 「職務発明」とは

特許法では、「職務発明」とは、「従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明」と定められています(特許法35条1項)。ここでのポイントとなるのは、以下の3点です。

①「従業員等」が行った発明であること

ここにいう「従業員等」とは、使用者の指揮監督の下で労務の提供を行い、その対価を受け取る地位にある者のことをいいます。これは契約の形式に関係なく、実質的に判断されます。例えば、派遣社員は、契約上は派遣元の従業員ですが、特許法上は派遣先の「従業員等」であると解釈される場合もあります。他方で、契約書上は従業員としての取り扱いになっているけれども、実質的には外注のケースと変わらないような場合には、「従業員等」でないという結論になることもあります。

本件の場合も、Aさんは、B社の従業員ですので、基本的には特許法上の「従業員等」であると認められます。

②「使用者等の業務範囲に属」する性質の発明であること

「従業員等」が行った発明であっても、使用者の業務と全く関係のない発明であれば、職務発明とは認められません。例えば、本件からは離れますが、仮にAの使用者であるB社が印刷会社だとすると、浄水ポットαの製造・販売はB社の業務と全く関係がありませんから、職務発明と認められない可能性が高いです。

③発明行為自体が、「従業員等の現在又は過去の職務に属する」こと

使用者からの具体的な指示があったかどうかを問わず、その従業員が期待された職務を遂行した結果生み出された発明だと言える必要があります。例えば、本件からは離れますが、Aさんが入社以来浄水ポットαの技術開発に関与おらずし、Aさんの職務とは全く関係なく自宅でたまたま生み出されたものだとすれば、職務発明と認められません。

第3 「職務発明」の効果

従業員の行った発明が職務発明に該当すると、使用者および従業員には以下のような権利・利益が発生します。

1 使用者に発生する権利・利益

まず使用者のもとに、従業員が発明した内容を利用する権利が発生します(特許法35条1項)。法律の規定に基づいて発生する権利ですので、仮に使用者以外の者が特許権を取得したとしても、特許権者の許諾なく、またライセンス料を負担することなく自由に実施することができます。

使用者としては、従業員の行った発明に関しては全て独占したいと考えることもあるでしょう。そこで、実務では、職務発明に該当する発明については、あらかじめ使用者に特許権や「特許を受ける権利」を取得させる旨を雇用契約や就業規則に定めていることが多いです。このような定めがあると、従業員が「職務発明」に該当する発明をした時点で、使用者が当該発明の「特許を受ける権利」を取得することになります(特許法35条3項)。

2 従業員に発生する権利・利益

従業員は、職務発明にかかる特許権や「特許を受ける権利」を、契約や就業規則の定めにしたがい使用者に取得させた場合には、「相当の対価の支払」を請求することができます(特許法35条4項)。多くの場合、対価の額についても就業規則などであらかじめ定められています。しかし、使用者の言い値で対価の額を決められるとすると、従業員が報酬を受けられる権利を認めた意味が無くなってしまいます。そこで、対価の定めがない場合、または対価の定めにしたがって支払うことが「不合理」な場合には、裁判所に決定してもらうことができます。「不合理」であるか否かは、具体的な金額だけでなく、従業員の意見聴取や相談など適切な手続を経て決定されたかなども考慮して判断されます(特許法35条5項)。

第4 本件の帰結

本件の場合、Aさんが取得した浄水ポットαの特許を受ける権利をB社に承継させる旨の定めが就業規則にあります。仮に浄水ポットαが職務発明に該当するのであれば、「特許を受ける権利」はB社に帰属することになります。この場合、Aさんは、B社に対して「相当の対価」の支払を請求することができます。B社の定めた対価の額に不服がある場合、AさんはB社が一方的に対価の額を決定したなど「不合理」だと言える根拠を示して、裁判所に対価の額を判断してもらうことになります。

以上

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