特許法ケーススタディその8 特許権者の権利行使が認められない場合

<前提となる事実>
 Aさんは、家電の製造・販売を行うB社の従業員で、商品開発部に勤務しています。
 Aさんは、従来の製品と比べて、低コストでかつ浄水能力の高い浄水ポットαの開発に成功しました。
 B社は、就業規則に基づきAさんから浄水ポットαの特許を受ける権利を譲り受けました。そして、B社は、浄水ポットαの特許出願を行い、何の問題もなく浄水ポットαの特許権を取得しました。
?B社は、特許権取得後、浄水ポットαの製造・販売を開始しました。当初は順調に売り上げを伸ばしていましたが、ある時点から売り上げが減少していきました。調査をしてみると、ライバル会社のD社が浄水ポットαの設計と全く同一の浄水ポットβを製造・販売しており、これによって売り上げが減少したことが分かりました。
Q8. D社は、B社が浄水ポットαの特許出願をするよりも前に、先に同一技術の開発に成功して、国内で浄水ポットβの製造・販売を開始していました。
 B社がD社に差止請求をした場合、D社はこれに応じなければならないでしょうか?
本件のポイント-
特許権者の権利行使を封じる方法(無効の抗弁)、訂正の再抗弁

第1 はじめに

本件で注目すべき点は、特許発明である浄水ポットαと同一技術の浄水ポットβの製造・販売が、浄水ポットαの特許出願がなされるよりも前に開始されていたという点です。

浄水ポットβが市場に出回っていたわけですから、B社が出願した時点で、特許発明の内容が世の中の人に知られうる状態にあったと言えます。そうすると、B社の特許出願にかかる発明は、今までにない新しい技術とは言えませんので(特許法29条1項2号)、新規性を欠き、本来であれば特許権を取得することはできなかった、と考えることができます(特許法49条2号)。 このように本来であれば特許権を取得することができなかった特許発明について、特許権を行使することができるのか?というのが本件のポイントです。

第2 考えられる対抗策

1 特許権をなかったことにする

このような場合に、D社の反撃方法の1つとして、「特許無効審判」を申し立てることが考えられます(123条1項)。

特許無効審判とは、本来特許権を取得できなかった事由(無効理由)があることを示して、その特許を無効にすることを求める手続のこといいます。無効事由が認められ特許の無効審決が確定すれば、特許権がはじめからなかったことにすることができます(特許法125条)。本件でも、D社が無効審判を申し立てて、B社の特許権をなかったことにすることができれば、B社の請求に応じる必要はありません。

ただし、無効審決が確定するまでは特許権は有効なものとして扱われます。したがって、わざわざ手間をかけて無効審判の準備をしたのに、無効審決が確定する前に、裁判でB社のD社に対する差止請求が認められる、という可能性は否定できません。そして、特許法上「後の無効審判で特許権が無効になったから、B社の請求を認めた判決は不当だ」と主張して再審の訴えを提起することはできません(特許法104条の4第1号)。対抗策として無効審判を選択する場合はこの点に注意が必要です。

2 特許権の権利行使を認めない

(1) 無効の抗弁とは

そもそも無効事由があるのに、特許無効審判を経なければ、特許権者の請求を否定できないというのはおかしいのではないかと疑問を感じる人もいるでしょう。そこで判例は、特許無効審判を経ていない場合でも、無効事由のある特許権に基づく権利行使は「権利の濫用」(民法1条3項)であるとして許されない、という解決方法を生み出しました(キルビー判決、平成12年4月11日民集54巻4号1368頁)。そして、この考え方は、平成16年の特許法改正で立法化されました(特許法103条1項)。これを、講学上「無効の抗弁」と呼んでいます。

本件の場合、差止請求を受けたD社としては、「B社の浄水ポットαにかかる特許権は、新規性を欠いているため権利行使できない。」と反論することになります。なお、この無効の抗弁は、あくまでその事件限りで特許権の行使を許さないという性質です。よって、特許無効審判とは異なり、特許権がなかったことになるわけではない点に注意が必要です

(2) 特許権者側の対抗策

無効の抗弁に対して、特許権者は、訂正によって無効事由を解消した(特許法126条1項、134条の2第1項)、と反論することができます。これを講学上「訂正の再抗弁」と呼んでいます。この訂正の再抗弁は、「特許請求の範囲」などを訂正することで無効事由が解消され、かつ訂正後も特許権侵害が認められる場合にのみ認められます。

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