競業避止義務契約の合理性判断における考慮要素

第1 はじめに

コラム「競業避止義務契約とは」で,競業避止義務契約(条項)の合理性は、以下の5つの考慮要素に基づいて判断すると説明しました。このコラムでは、競業避止義務契約への理解を深めるため、考慮要素ごとに分類して裁判例を交えて詳しく説明します。

【競業避止義務契約の合理性判断の考慮要素】

① 会社に保護すべき正当な利益があること(競業を禁止する正当な目的があること)

② 従業員の在職中の地位・職務内容が義務を課すのにふさわしいこと

③ 競業禁止の対象行為が限定されていること

④ 競業禁止の期間・地域の限定の有無・程度

⑤ 代償措置の有無・内容

第2 会社の保護すべき正当な利益

1 保護されるべき正当な利益があるか

競業避止義務は,従業員に課された守秘義務(秘密情報保持義務)を順守させることを目的として設定されることが多く,企業秘密を保持するために競業避止義務を課すことは,正当な目的と考えられています。企業秘密を保護するためには,従業員が会社の秘密を第三者に開示することや,競合他社のために会社の秘密を使用することを阻止する必要があるからです。

他方で,従業員の競業行為を禁止することそれ自体を目的とする競業避止義務の定めは,許されません。競業避止義務を課すためには,企業に保護されるべき正当な利益があることが必要とされるのです。

2 営業上の秘密

企業の正当な利益とされる典型例は,営業上の秘密です。もっとも,保護されるべき営業上の秘密というには,当該企業のみが有する特殊な知識・情報や技能でなければならず,従業員が他の企業のもとでも同じように習得することのできる一般的な知識・情報や技能は含まれません。

不正競争防止法によって保護される「営業秘密」(秘密として管理されている生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって,公然と知られていないもの)は,営業上の秘密にあたります。

営業上の秘密は,不正競争防止法上の「営業秘密」に限定されません。「営業秘密」に準じる程度の価値を有する独自の知識・情報(ノウハウ),技能には,保護されるべき正当な利益に含まれます。以下,具体例を挙げます。

3 技術的な秘密

○めっき加工-否定

会社はめっき加工について一定の技術やノウハウを蓄積していたものの,①めっき加工を業とする会社が複数存在し,同種の製品を加工等していること,②めっき加工についての具体的な技術内容等に関する基本的な事項については,書籍等で広く流布されていること,③各製品に関する情報をノートに記載しているものの,ノートへの記載は企業の指示命令に基づくものではないこと,ノートに記載されためっきの手順等によらなくても基本的な教科書の記載に沿って作業することが可能であること,ノートの保管方法や取扱いについて特段注意等がなかったこと,簡単な品物については外注していたことから,会社が蓄積した技術やノウハウは,秘密保持契約によって保護されるべき対象とならない,と判断しました(大阪地判H23.3.4)。

このことから,?書籍等によって広く流布されていない技術・ノウハウであって,一般的に流布している情報では再現出来ないこと,?会社の指揮命令に基づいて技術・ノウハウの要点を書面にまとめ,これを秘密として管理していること,?外注先等に開示していないこと、等の事情がある場合には,会社独自の技術・ノウハウとして保護される可能性が高いといえます。

4 営業方法や指導方法に関する独自のノウハウ

営業方法や指導方法に関するノウハウに ついては,営業秘密として管理することが難しいものの,営業秘密に準じるほどの価値を有する独自のノウハウについては,競業避止によって保護されるべき正当な利益があると判断される傾向にあります。

○ヴォイストレーニングの指導方法等についてのノウハウ-肯定

話すためのヴォイストレーニングを専門的に行う教室を運営していた会社について,競業避止の合意は,会社が保有する顧客情報や,授業・学校運営に関するノウハウ等の秘密情報を保持することを目的とするものであるとして,話すためのヴォイストレーニングの指導方法・指導内容及び集客方法・生徒管理体制についてのノウハウは,会社の代表者により長期間にわたって確立されたもので,独自かつ有用性の高いものである,と判断しました(東京地判H22.10.27)。

○店舗における販売方法や全社的な営業方針等の知識・経験-肯定

家電量販店チェーン(Y社)の店舗における販売方法や人事管理の在り方,全社的な営業方針・経営戦略等の知識・経験を有する従業員が,退職後直ちに,Y社の直接の競争相手である家電量販店チェーンを展開するZ社に転職した場合には,Z社が従業員の知識・経験を活用して利益を得られる反面、Y社が相対的に不利益を受けることは容易に予想されるから,これを未然に防ぐことを目的として競業避止義務を課することは不合理でない,と判断しました(東京地判H19.4.24)。複数店舗の店長等を務めた当該従業員の在職中の地位や職務内容を考慮した判断です。

○新規代理店の開拓業務の遂行過程で得た人脈・交渉術等のノウハウ-否定

保険会社(X)の日本支店において金融法人本部の本部長と執行役員を兼務していた退職者(Y)との競業避止義務条項について,優秀な人材が競合他社へ流出することを防ぐために競業避止条項を置き,その背景にはXのノウハウや顧客情報等の流出を避ける意図があるとした上で,①Yが新規銀行代理店の開拓,研修体制の構築,営業専門職の統括業務を遂行する過程で得た人脈,交渉術,業務上の視点,手法等のノウハウは,Yの能力と努力によって獲得したものであり,一般的に,労働者が転職する場合には,多かれ少なかれ転職先でも使用されるノウハウであって,この程度のノウハウの流出を禁止しようとすることは,正当な目的であるとはいえないこと,②顧客情報の流出防止を,競合他社への転職自体を禁止することで達成しようとすることは,目的に対して手段が過大であること,③競合他社への人材流出を防ぐこと自体を目的とするのであれば,単に労働者の転職制限を目的とするものであるから,当然正当ではないとして,結局,正当な利益の保護を図るものとはいえない,と判断しました(東京地判H24.1.13,東京高判H24.6.13)。

5 顧客との人的関係

退職した従業員による顧客獲得を規制することも,企業の正当な利益に含まれる場合があります。保護されるべき顧客情報といえるためには,①会社が保有していた顧客情報の秘密性の程度,②顧客との取引を開始又は維持するために会社が出損(金銭的負担等)した内容,などが判断のポイントとなります。②については,多数回にわたる顧客への訪問や説明,長期間の地道な営業活動を要するような場合であって,人的関係の構築が当該企業の信用や業務を基礎としてなされたものである場合には,正当な利益と認められる傾向にあります。

○街路灯の販売営業における人的関係-肯定

商店会等に対する街路灯の営業は,成約までに長時間を要し,契約を取るためには,その間に営業担当の従業員が商店会等の役員等をたびたび訪問して,その信頼を得ることが重要であること,そのため,この種の営業においては,長期間経費をかけて営業してはじめて利益を得ることができるから、このような営業形態を採っている会社においては、従業員に退職後の競業避止義務を課する必要性が存する,と判断しました(東京高判H12.7.12、東京地判H11.10.29)。

○3次元CAD業務における顧客との関係-否定

一般に,使用者にとって獲得した顧客との人的関係を維持することは競業避止義務契約の設定における正当な目的の一つといえるが,本件においては,被告(退職した従業員)が会社へ入社するに当たって入社以前に自己の顧客となった者の一部を引き継いできたこともあって,原告(会社)の3次元CAD業務の売り上げが被告の入社後に飛躍的に伸びていること等から,同業務の受注には,被告と顧客との個人的信頼関係が大きく影響したものと推認されること,他方で,顧客の開拓がもっぱら原告の投下資本によるものと認められないことを理由として,本件では人的関係を維持する目的を過大視することは出来ない,と判断しました(東京地判H24.1.23)。

○コンベンション業務における取引先との人的関係-否定

国際会議・学会・イベントの企画・運営を主たる業務(コンベンション業務)とする会社(X)において,当該業務は,取引先と従業員との個人的な関係により継続的に受注を得るという特質を有しているため,退職した従業員(Y)に対し一定期間競業避止義務を課すことは,従来の取引先の維持という点で意味がある。しかし,このようなYと取引先との信頼関係は,Yが業務を遂行する中で形成されていくもので,Yが個人として獲得したものであるから,営業秘密といえるような性質のものではない。また,このような従業員と取引先との個人的信頼関係が業務の受注に大きな影響を与える以上,Xとしても,各種手当を支給するなどして,従業員の退職を防止すべきであるところ,本件では,十分な代償措置を講じられていないこと,Xは,単に,従業員を引き止めるための手段として,競業避止義務を課しているに等しいと言えること,YによってXの営業上の秘密が他の企業に漏れたわけではないこと等からすれば,競業避止義務規定は本件における退職従業員には適用されない,と判断しました(大阪地判H8.12.25)。

○「デントリペア」技術等の販売業務における顧客情報-否定

自動車関連業者においては,「デントリペア」のような修補技術の需要は少なからずあると考えられ,受注できるかどうかはともかく,飛込み営業でも需要の有無程度は知り得るものといえるから,顧客情報については,原告がそれを得るために多額の営業費用や多くの手間を要したとしても,非公知性に欠け,営業秘密にもこれに準じるものにも当たらない,と判断しました(東京地判H20.11.18)。

第3 従業員の在職中の地位・職務内容

従業員の在職中の地位・職務内容は,企業の正当な利益の判断について密接に関係します。従業員の企業組織内での地位が低く,重要な営業上の秘密に接する機会が少ない場合や,執行役員等の高い地位にあっても営業上の秘密とは関係のない職務内容である場合には,情報漏えいの危険性が低く,そもそも競業を禁止する必要がないと考えられるからです。

そこで,裁判においては具体的な業務内容と企業の正当な利益との関係が重視され,すべての従業員を対象にした規定や,職務内容にかかわらず一律に特定の職位にある者すべてを対象にした規定は,合理的な範囲にとどまるとは認められにくいといえます。

また,労働者のキャリア形成の経緯に着目し,従業員が長年一貫して従事してきた職種についての競業禁止は,そうでない場合よりも職業選択の自由への制約度が高くなるので,厳しく判断される傾向にあります。

○従業員がアルバイトであった事例-肯定

原告(退職した従業員)は,会社独自の有用性の高い指導方法等に関するノウハウを伝授されたのであるから、競業避止合意を適用してノウハウを守る必要があることは明らかであり,被告(会社)が週1回(実働7時間)のアルバイト従業員(時給800円ないし1200円)であったことは,競業避止義務契約の有効性判断を左右するものではない,としました(東京地判H22.10.27)。

○インストラクターとして秘密を知りえた地位にあった事例-肯定

「デントリペア」等の各技術の内容及びこれをフランチャイズ事業化したところに,原告(会社)の独自性があるということができ,一般的な技術等とはいえないから,不正競争防止法にいう「営業秘密」には厳密には当たらないが,それに準じる程度には保護に値するということができるとした上で,①被告(退職した従業員)はフランチャイジーに技術を教えるインストラクターの地位にあること,②原告が被告に高度な技術を身につけさせるために多額の費用や多くの手間をかけたこと,③被告はインストラクターとして秘密の内容を十分に知っていることから,秘密を守るべき高度の義務を負う,と判断した(東京地判H20.11.18)。

○退職者が,店長,母店長,地区部長を経験した事例-肯定

被告(退職者)は,家電量販店チェーンを全国的に展開する会社に入社し,各地店舗の店長を歴任したことにより,原告店舗における販売方法や人事管理の在り方を熟知し,母店長として複数店舗の管理に携わり,さらに,地区部長の地位に就き,原告の役員及び幹部従業員により構成される営業会議に毎週出席したことにより,原告の全社的な営業方針,経営戦略等を知ることができたとして,このような知識及び経験を有する地位にあった従業員に対して競業避止義務を課することは不合理でない,と判断した(東京地判H19.4.24)。

○退職者が業務上の秘密を使用する立場になかったとされた事例-否定

秘密保持義務の対象となる業務上の秘密の内容が具体的に定められていなかった事案において,このような場合には同義務の対象となる秘密事項については少なくとも秘密管理性と非公知性の要件が求められるところ,本件で問題となった廃プラスチックの仕入れ先等に関する情報は秘密管理性を欠き,秘密保持義務の対象に当たらないので同義務違反は成立しないとした上で,競業避止義務契約の効力について,被告(退職した従業員)らは原告(会社)での業務遂行過程において業務上の秘密を使用する立場にあったわけではないため,そもそも競業を禁ずべき前提条件を欠く,と判断しました(東京地判H24.3.13)

○退職者が執行役員の地位にあった事例-否定

保険会社(被告)を退職した原告は,従業員数6,000人の日本支店において役員会を構成する20人の執行役員の一人という高い地位にあったが、保険商品の営業事業はそもそも透明性が高く秘密性に乏しいし,また,役員会においては,被告の経営に影響がでるような重要事項については,例えば決算情報が3週間部外秘とされるといった時限性のある秘密情報はあるが,原告が,それ以上の機密性のある情報に触れる立場にあったものとは認められない,と判断し(東京地判H24.1.13),控訴審でも,職務の実態は取締役に類する権限や信認を付与されるものではなかった,と判断しました(東京高判H24.6.13)。

○従業員のキャリア形成に着目した事例

被告は,製薬会社等から医薬品等の開発業務を受託する機関として,医薬品等の治験を行っている。被告は,退職後の競業避止義務を定める特約の目的は,従業員に秘密保持義務を遵守させる方法を制度として確立することによって製薬会社の信頼を得ること,治験薬に関する秘密・ノウハウや治験の実施方法に関するノウハウを保護すること,従業員が治験を実施した医療機関に接触し,在職中に知り得た秘密を公開して当該医療機関との信頼関係を毀損することを防ぐことにある旨主張した。しかし,原告(退職者)は,その業務内容に照らすと,それぞれの治験薬ないし治験手続についてのすべての知識やノウハウを得ることができる地位にあったとはいえず,秘密保持義務と競業避止義務とを課すことにより担保する必要性は低いというべきである。一方,原告は,大学卒業以降被告会社を退職するまでの約17年5か月間の職業生活のうち12年近くの期間にわたって新薬の臨床開発業務に従事し,治験のモニター業務を行ってきたことに照らすと,競業避止義務の内容が同業他社である開発業務受託機関への転職を制限するだけのものであるとしても,原告の再就職を著しく妨げるものといわざるを得ないとして,競業禁止による制限は合理的範囲内とはいえない,と判断した(大阪地判H15.1.22)。

第4 競業避止の対象行為

一般的・抽象的に競業企業への転職を禁止するような規定は合理性が認められないことが多く,禁止対象となる活動内容や従事する職種等が限定されている場合には、有効性判断において肯定的に捉えられることが多くなります。

禁止対象となる活動内容や職種を限定するには,必ずしも禁止される業務内容や取り扱う情報を個別具体的に特定することまでは求められていません。例えば,在職中に担当していた業務や在職中に担当した顧客への営業行為を禁止するという程度の限定であっても,肯定的な判断をしている裁判例もあります。

○街路灯の製造・販売-肯定

従業員に退職後も競業避止義務を課する必要性があるとした上で,競業禁止の期間は6か月間に限られ,その対象も在職中に会社の営業として訪問した得意先に限られてお,競業一般が禁止されるものではないとして,競業禁止規定を有効としました(東京高判 H12.7.12、東京地判 H11.10.29)。

○経営管理者・技術者等のための教育・コンサルティング業-肯定

本件競業避止特約は,禁止期間は12か月間,禁止行為は,Y’(従業員)が教育・コンサルティングを担当もしくは勧誘した相手に対し,X(会社)と競合して教育・コンサルティングないしその勧誘をしない旨の合意であって,その禁止期間,業務の範囲等に鑑み,Yの活動を過度に制約するものとはいえないとして,有効であるとしました(東京地判H6.9.29)。

○人材派遣業-否定

本件競業避止義務は,退職後6か月間は地域的な制限がなく,また,2年間は在職中の勤務地又は「何らかの形で関係した顧客その他会社の取引先が所在する都道府14県」における競業及び役務提供を禁止しているところ,在職中に九州及び関東地区の営業・マネージメントに関与していたY(従業員)については,少なくとも退職後 2年間にわたり,九州地方及び関東地方全域において,X(会社)と同種の業務を営み,又は,同業他社に対する役務提供が できないことになり,Yの職業選択の自由の制約の程度は極めて強い,と判断しました(大阪地判 H24.3.15)。

○3次元CAD業務-否定

Y(従業員)が長年携わってきた 3 次元CAD等の事業について,退職後のYが自己の顧客または第三者から業務依頼がなされたときには必ずX(元使用者)を紹介しなければならず,この場 合,紹介に基づく業務で得た粗利益の20%を紹介料としてXがYに支払うとの契約について,競業避止義務を課したものと解した上で,事実上,Xの顧客 のみならず新たに獲得される顧客から生じる利益(の8割)までXが獲得しようとする目的に出たものであるして,有効性を否定しました(東京地判 H24.1.23)。

第5 地域・期間による限定

1 地域による限定

地域的な限定が規定されていない競業避止義務契約は,他の要因と併せみて無効とされる裁判例が散見されます。ただし,地域的な限定が規定されていない場合であっても,使用者の事業内容(特に事業展開地域)や禁止される行為の範囲に照らした職業選択の自由に対する制約の程度等を総合考慮して有効とされるケースもあるため,地域的な限定がないことのみをもって,競業避止義務契約が無効とされるわけではありません。

○家電量販店-肯定

地理的な制限がないものの,全国的に家電量販店チェーンを展開する会社であることからすると,禁止範囲が過度に広範であるということもない,と判断しました(東京地判H19.4.24)。

2 期間による限定

退職後の競業避止義務の存続する期間について,3年で有効とされた例も,2年で無効とされた例もあり,形式的に何年であればよいというものではありません。禁止行為の範囲や地域的限定等を総合して従業員の被る不利益の程度に着目して,企業の正当な利益を保護する手段としてその不利益が過大でないかどうかが検討されています。

近時の裁判例では,2年の期間については無効と判断されるケースが見られ,概ね1年以内の期間については有効と判断されるケースが多いといえます。

○ヴォイストレーニングに係る教育支援業-肯定

指導方法・指導内容及び集客方法・ 生徒管理体制についてのノウハウは、長期間にわたって確立されたもので独自かつ有用性が高 いと判断して,退職後 3年間の競合行為禁止期間も,目的を達成するための必要かつ合理的な制限である,と判断しました(東京地判H22.10.27)。

○生命保険会社-否定

保険商品については,近時新しい商品が次々と設計され販売されているころであり,保険業界において,転職禁止期間を2年間とすることは,経験の価値を陳腐化するといえるから,期間の長さとして相当とは言い難い,と判断しました(東京地判H24.1.13、東京高判H24.6.13)。

第6 代償措置の有無・内容

代償措置は,就労を制限される従業員の生計を補填するものとして,裁判所は,その有無・内容について,他の要因に比べてより重視する傾向にあります。代償措置の例として,在職中の収入が高額,在職中の守秘義務手当ての支給,退職金が高額,等が挙げられます。

勤務中の労働の対価とは区別された固有かつ独立した代償措置を要求する裁判例がある一方で,代償措置に相当する在職時の厚遇に着目して肯定的な判断をする例も少なくありません。

○清掃用品等のレンタル・販売業-肯定

代償措置を講じていないものの,従業員の職業選択の自由を制限する程度がかなり小さいことから,代償措置がないことのみで本件競業避止義務の合理性が失われることにはならない,としました(東京地判 H14.8.30)。

○生命保険会社-肯定

執行役員の地位にあって相当の収入(就任後5年間の収入は2,330万円~4,790 万円)を受けていたことについて,全てを労働の対価とみなすことは出来ず,競業避止条項に対する代償としての性格もあった,と判断しました(東京地決 H22.9.30)。

○プロジェクトマネジメント(PM)に関する教育業務-肯定

報酬は決して安くない額(3年間の年収は1,490 万円,1,620 万円,1,400 万円)であること,競業禁止が重要な要素の1つであることを明示した雇用契約書を取り交わしていることから,支給した報酬の中には退職後の競業禁止に対する代償も含まれている,と判断しました(東京地決 H18.5.24)。

○街路灯等の販売業-肯定

Yは,Xを退職後,Xと同業である商店街等に設置する街路灯の販売を業とするZ会社に入社したところ,原審は,街路灯の販売が,商店会の役員等との良好な人間関係の形成等,長期間の地道な営業活動を要するものであること,Y・X間で取り交わした誓約書における競業禁止期間が6か月と比較的短期間であること,代償措置(説明会等や業務進捗の節目毎の奨励金の支給)というがあることを理由に,Yが本件競業避止義務を負うことを認め,控訴審も原審の判断を前提としました(東京高判H15.12.25)。

○人材派遣業-否定

競業避止義務等を課される対価として受領したものと認められるに足りるのは,月額3,000円の守秘義務手当のみである,として否定的に判断しました(東京地判H24.3.15)。

○生命保険会社-否定

月給131万円(別途賞与)が支払われていた場合であっても,本件競業避止条項を定めた前後で賃金額の差がほとんどないことから,Y(退職者)の賃金額をもって本件競業避止条項の代償措置として十分なものが与えられていたということは困難である。また,Yの 部下の中に相当数のより高額な給与の者がいたところ,それらの部下については特段競業避止義務の定めはないのであるから,やはりYの代償措置が十分であったということは困難である,と判断しました(東京地判 H24.1.13、東京高判 H24.6.13)。

○3次元CAD等の事業-否定

競業避止義務を設定するにあたり,退職金等の支払いはなく,何らかの代償措置が図られた事実はない。また,入社時の報酬として月額30万円の給与と賞与の支払いを受けていたこと,退職年度の報酬として月額 40万円の給与と賞与年間284万円の支払いを受けていたことも,X(会社)における売上の推移から推認されるY(退職者)の貢献度を考慮すると,代償措置とみなすことはできない,と判断しました(東京地判 H24.1.23)。

○国際会議等の企画・運営業務(コンベンション業務)-否定

コンベンション業務は,従業員と取引先との個人的信頼関係が業務の受注に大きな影響を与えるという特質があるとこと,従業員と取引先との信頼関係は,従業員が個人として獲得したものであるから営業秘密とはいえないとして,会社は,各種手当を支給するなどして従業員の退職を防止すべきであるが,十分な代償措置を講じていなかったとして,Yには競業避止義務条項が適用されない,と判断しました(大阪地判H8.12.25)。

まずは弁護士事務所へお気軽にご相談ください!

  • さいたま大宮 048-662-8066 対応時間.9:00~21:00
  • 上野御徒町 03-5826-8911 対応時間.9:00~21:00

法律相談は、すべて当事務所にお越しいただいた上で実施いたします。
電話での法律相談やメールでの法律相談はいたしかねますので、あらかじめご了承ください。
また、初回の法律相談のお申し込みは、すべて、お電話またはご相談申込フォームからお願いいたします。

ページ先頭へ