裁判外の請求等
第1 はじめに
債務者の債務の履行が滞っている場合、債権者はまずどのような対応をしたらいいでしょうか。コラム「債権回収の流れ」で説明したとおり、まずは債務者との話し合いからはじめるといいでしょう。もっとも、話し合いによる解決を目指すにしても、その方向性は多岐にわたり、個々のケースによって適切な解決方法というのは異なります。このコラムでは、当事者間での話し合いの方法として代表的なものをいくつか紹介します。
なお、相手方が話し合いに応じない、または話し合いが進まないような場合には、いよいよ裁判所の力を借りて債権の回収を図ることになります。裁判所を利用した解決方法については、コラム「裁判所を利用した請求」を参照してください。
第2 当事者間で話し合いをする
1 話し合いをはじめるには
話し合いをはじめるにあたって、まずは債務者に「お金を払ってくれ。」など請求をしましょう。話し合いの初期段階では、電話や口頭による請求でも構いません。そして、支払いが滞っている理由を尋ねて、債務者の言い分にも十分耳を傾けましょう。相手方の主張の中に、その後の話し合いの方向性を決めるヒントが隠れていることがあるからです。仮に、初期段階から「訴えるぞ。」など強硬的な態度で臨むと、妥協点を探ることができなくなるおそれがあるので、注意してください。
債務者がはっきりとした態度を示さないときは、少し強気な態度に出てもいいでしょう。例えば、内容証明郵便を用いて、債務の履行を強く催告するという方法です。内容証明郵便とは、日本郵便が郵便の記載内容と差出日を証明してくれる郵便のことをいいます。「内容証明郵便」といった場合に、その書面の内容だけでなく送付先への配達日も証明してくれる郵便(配達証明郵便)の制度とセットで利用するのが一般的です。これによって、催告をしたことを確実に記録として残すことができ、相手方に「本気で債権回収にかかってきたな。」とプレッシャーをかけることができます。また、催告それ自体には、法律上、時効の中断(民法153条)や契約の解除(民法541条)の前提になる効果があります。
2 話し合いの方向性
話し合いによる解決の方向性は、債権者・債務者の置かれている状況や意向に応じて決定することが望ましいです。以下、代表的な解決方法を紹介します。
(1) 期限の変更をする
もっとも簡易なのが、債務者に「キチンと履行します。」という約束を取り付ける方法です(いわゆる「債務弁済契約」)。即日で債務の履行ができないという場合には、履行期限を延長したり、分割払いにしたりするといいでしょう。
また、未履行の債務が複数ある場合や売掛代金債権(民法173条1号)など短期消滅時効にかかる債権の場合には、「準消費貸借契約」(民法588条)という法形式をとって履行期限を変更するのもいいでしょう。「債務弁済契約」も「準消費貸借契約」も、消滅時効の進行を中断させる効果があります(民法147条3号)。詳しくは、コラム「債権管理と消滅時効」を参照してください。
(2) 自己の債務と相殺する
継続的な取引関係が存在する場合には、お互いに債権を有していたり、債権が発生することが予定されていたりします。このような場合には、お互いの債権債務を相殺によって消滅させる旨の合意をするといいでしょう。債権者としても、債権回収を図ることができるとともに、自己の債務を簡易に決済できるメリットがあります。相殺については、コラム「相殺を利用した債権の回収方法」を参照してください。
(3) 代わりのものから債権を回収する
まず、コラム「担保の概要」で紹介した各種担保を新たに提供させて、その担保から債権を回収する、という方法が考えられます。この場合、通常は上記の「期限の変更」とセットで利用されるのが一般的です。
また、履行期限の変更を望まない場合には、「本来の債務に代えて、債務者の有する財産を譲り受ける」という内容の合意(「代物弁済合意」(民法482条))をするといいでしょう。ここにいう「財産」は、債務者の所有する不動産、在庫商品でも構いませんし、債務者の第三者に対する債権でも構いません。なお、代わりの財産を譲り受けるという方向で合意をするのであれば、必ず登記などの対抗要件取得手続に関する事項(民法177条、178条、467条1項2項参照)もキチンと定めておきましょう。
- ※「代理受領」・「振込指定」
譲り受けようとする財産が債権の場合、譲渡が禁止されていることがあります(民法466条2項本文)。この場合、「代理受領」や「振込指定」という形式にするといいでしょう。
代理受領とは、債権者が債務者に代わって、債務者の有する債権を回収することをいいます。あくまで、代わりに回収するだけなので、回収したものは債務者に返還しなければなりません。もっとも、回収したものを債務者に引き渡す債務と自己の債権を相殺することで、清算を行うことができます。
なお債権者の銀行口座を振込先に指定する方法で行われる代理受領のことを、特に「振込指定」といいます。
(4) 取引関係を打ち切る
継続的な取引関係がある場合において、「今後も約束どおり履行してくれると信用することはできない」というときは、最悪取引関係を解消するというのも1つの方法です。相手方の協力が得られる場合には合意解約をするといいでしょう。相手方の協力が得られない場合には、催告をして解除をする(民法541条)ことになります。
第3 当事者間での話し合いがまとまった場合の対応
1 債務名義を取得しよう
上記のような方向性で話がまとまった場合、必ず書面の記録を残しておくようにしましょう。お互いに、相手方が約束した内容に従わず、後日訴訟になった場合に、証拠として機能するからです。
債権者であれば、ただ書面で記録するのではなく、さらに「債務名義」を取得しておくといいでしょう。「債務名義」とは、「債権者の債務者に対する○○請求権が存在する」ことを公的に証明するもので民事執行法22条に列挙された文書のことをいいます。「債務名義」を取得しておくと、仮に債務者が約束どおり債務を履行しなかった場合に、裁判所を介して強制的に債権の内容を実現できる(執行力)というメリットがあります。以下、比較的簡易な債務名義の取得方法を紹介します。
2 執行認諾文言付公正証書
話し合いして決まった事項について、債務名義を取得する方法として代表的なのが「執行認諾文言付公正証書」です。例えば、「支払期限を延ばす内容で準消費貸借契約を締結した」、あるいは「債務者の有する財産で代物弁済をする契約を締結した」という場合に、債権者・債務者がそろって公証役場に行き、その合意内容について公証人に公正証書を作成してもらう、という方法です。執行認諾文言付公正証書については、コラム「契約書(公正証書)の作成」を参照してください。
なお、執行認諾文言付公正証書は、金銭の支払いを目的とした債権(金銭債権)しか利用できない欠点があります。金銭債権以外の債権についての合意内容について、債務名義を取得する場合には、後述する「即決和解」という制度を利用しましょう。
3 即決和解
「即決和解」とは、当事者間での話し合いがまとまっている場合に、その内容について裁判所の“お墨つき”をもらうという手続きのことをいいます。
即決和解が成立するまでの大まかな流れは、公正証書作成の流れと同じです。すなわち、①あらかじめ合意書案作成しておく、②相手方の普通裁判籍の所在地を管轄する簡易裁判所に即決和解の申立てをする、③当事者双方が出頭し、裁判官が合意内容を確認する、という流れです。
即決和解は、金銭の支払いを目的としない債権(非金銭債権)についても債務名義を取得することができる点が大きなメリットです。例えば、建物の賃貸借契約の終了時に、「立退料の支払いと引換えに、賃貸した建物を明け渡す」という合意をした場合などに利用されます。
以上