各種書類の閲覧謄写請求
第1 はじめに
株主が、株式会社などを相手取って訴訟をする、となった場合に、株式会社の現状がどうなっているのかを把握することが大変重要なものになります。例えば、株主総会や取締役会の決議の結果に不服がある場合(コラム「会社法トラブルその5 株主総会決議取消しの訴え他」、コラム「会社法トラブルその6 取締役会決議無効の訴え他」参照)には、株主総会や取締役会でどのようなやりとりがなされたのか知ることが必要でしょう。また、株式会社が損害を被っているとして取締役の責任追及をする場合(コラム「会社法トラブルその10 株主代表訴訟」参照)には、株式会社の財産状況を把握することが必要になるでしょう。
このような事項に関する情報は、一般的に株式会社が全て管理しています。株式会社は株主のものだ、という考えを貫けば、株主がいつでも株式会社に関する情報を知り得る手続が用意されていることが望ましいでしょう。また、仮に株主が株式会社に関する情報を知り得る手続がないとすると、株主は株式会社に“不具合”が存在するかどうかのチェックができず、いわば「イチかバチか」で訴訟提起をせざるをえなくなります。それでは不合理ですので、会社法は一定の株式会社に関する情報については、株主に対して開示する仕組みを設けました。以下、開示してもらいたい情報ごとにその手続を説明します。
第2 どのような株主がいるのかを知りたい
株主の権利を行使して、株主が自身の意思を表明する際に、株主間で連絡を取り合って一致団結する、ということが行われることがあります。例えば、株主総会で現在の株式会社の経営方針に反対票を投じる場合や、株式会社の“不具合”の是正手続を複数の株主で協力して行おうとする場合などが挙げられます。このような場合に、株主としては、他の株主も勧誘したいと思うことでしょう。そこで利用されるのが、株主名簿の閲覧・謄写請求です(会社法125条2項)。
株主名簿閲覧・謄写請求は、株主同士が団結しやすくすることで、株式会社に対する監視機能や“不具合”の是正手続の実効性を確保する趣旨で設けられました。したがって、原則として株主は、株式会社の営業時間内であればいつでも株主名簿の閲覧・謄写を請求することができます(会社法125条2項前段)。ただし、他の株主の氏名、住所などプライバシー保護の観点から、以下のような制限が課されている点に注意が必要です。
①株主名簿の閲覧・謄写を拒絶できる場合がある(会社法125条3項)
株主名簿閲覧・謄写請求の上記趣旨に反する場合、例えば株式会社の営業を妨害する目的や他の株主に対して嫌がらせをする目的で、株主名簿の閲覧・謄写請求をする株主を保護する必要性はありません。そこで会社法は、会社法125条3項に列挙された拒絶事由の存在が認められる場合には、株式会社は株主からの株主名簿閲覧・謄写請求を拒絶できることにしました。
②閲覧・謄写請求の理由を明示しなければならない(会社法125条2項後段)
閲覧・謄写請求の拒絶事由の有無を、株式会社がゼロから調べ上げるのは非常に困難です。そこで、拒絶事由の有無を判断しやすいように、株主名簿の閲覧・謄写請求を行う者は、その理由を明らかにしなければならないとされています。
第3 株式会社の意思決定がどのようにして行われたのかを知りたい
1 株主総会の議事録をみる
株主総会で、どのような事項が話し合われ、決議がなされたのかは、株主にとって最大の関心事項の1つです。そこで会社法は、株主総会の議事・決議の内容(詳しくは会社法施行規則72条3項参照)について、議事録を作成しなければならないことにしました(会社法318条1項)。
株主は、株式会社の営業時間内であればいつでも、議事録を閲覧し、謄写を請求することができます(会社法318条4項)。株式を保有していれば、その保有期間や株式数を問いません。
なお株主総会の議事録の内容に関しては、コラム「株主総会議事録に記載すべき事項」を参照してください。
2 取締役会の議事録をみる
株主総会に代わって、経営の専門家集団である取締役会が株式会社の意思決定をすることがあるとコラム「会社の機関」でお話ししました。そこで、株主総会の場合と同様に、取締役会の議事・決議の内容(詳しくは会社法施行規則101条3項)も、議事録を作成しなければなりません。
他方で、取締役会では、株主であっても関知しえないような機密事項を取り扱うこともあります。仮に取締役会の議事録が容易に開示することができるとなると、機密事項が外部に漏洩し、株式会社の利益を損なうおそれがあります。そこで会社法は、株主総会の議事録の場合と異なり、株主が取締役会の議事録を閲覧・謄写できる場合について、以下のようなより強い制限が課されています(会社法371条2項以下)。
①「権利を行使するため」(会社法371条2項柱書)でなければならない
ここにいう「権利」とは、コラム「株主の権利」でお話しした株主の各種権利のことを言います。そして、株主権の行使を目的とする場合には、原則として、株式会社の営業時間内であればいつでも議事録の閲覧・謄写を請求することができます(会社法371条2項)。裏返せば、株主の権利とは何ら関係のない個人的な利益のために、取締役会の議事録の閲覧・謄写請求がなされた場合には、株式会社はこれを拒絶することができることになります。
②一定の場合には、裁判所の許可が必要(会社法371条3項)
議事録の閲覧・謄写は、いわば取締役会で行われていることをチェック(監視)することを目的としています。仮に、取締役会を監視する機関が設置され、株主が株主総会の決議により監視する機関に就く者を選任しているのであれば、取締役会の監視は第一次的にはその選任された者が行うのが望ましいでしょう。別の見方をすれば、株主は取締役会の監視を第三者にお願いしたのだから、株主自ら取締役会を監視する必要性は小さいともいえます。そこで会社法は、取締役会を監視する機関がある株式会社、具体的には監査役設置会社(会社法2条9号)及び委員会設置会社(会社法2条12号)では、株主は「裁判所の許可」がなければ、議事録の閲覧・謄写を請求することができません(会社法371条3項)。この「裁判所の許可」を求める手続のことを、「取締役会議事録の閲覧謄写許可申立」と呼びます。
この閲覧謄写許可申立は、裁判所に対して、自分が株主であること及び閲覧謄写の必要性があることを基礎付ける資料(会社法869条)を添付した書面によって行います(会社法876条、会社非訟事件等手続規則1条)。裁判所は、株主権の行使目的があり、かつ株式会社等に著しい損害が生じるおそれがないと認められる場合に限り、閲覧・謄写の許可をすることができます(会社法371条6項参照)。
第4 株式会社の財産状況について知りたい
1 計算書類等をみる
「計算書類等」とは、ある事業年度における事業成績とその事業年度末における株式会社の財産状態を明らかにするために作成される書類のことを言います。具体的には、①貸借対照表、②損益計算表、③株式資本等変動計算書、④個別注文票(以上4つを総称して「計算書類」と呼びます(会社法435条2項、会社計算規則59条1項))、⑤事業報告、⑥付属明細書のことを言います(会社法436条1項、442条1項柱書参照)。
株式会社は、出資された財産及び自ら稼いだ財産をつかって事業活動を行います。仮に事業を行うに足る十分な財産がないにもかかわらず取引などを行うと、株式会社が倒産するなどして、世の中の多くの人、特に株式会社と取引を行う者に影響を及ぼすおそれがあります。そこで会社法は、「計算書類等」の一部(貸借対照表。大会社では損益計算表も含む。)について公にすること(「公告」)を義務づけることで(会社法440条1項)、財産状況が芳しくない株式会社との取引を回避できるようにしました。
このように「計算書類等」とは、世の中のために公にすることが想定されている書類です。したがって、株主は、株式会社の営業時間内であればいつでも、「計算書類等」を閲覧し、謄本または抄本の交付を請求することができます(会社法442条3項)。株式を保有していれば、その保有期間や株式数を問いません。
2 会計帳簿をみる
会計帳簿とは、株式会社の財産状況が変動する原因である日々の取引などを逐一記録したもののことを言います。実務上は、元帳、仕訳帳、伝票といった形式で作成されているものです。
会計帳簿も、「計算書類等」と同様に、株式会社の財産状況を知るために利用される書類とも言えます。実務でも、株主が取締役の行為をチェックする場合(チェックする手続についてコラム「会社法トラブルその7 業務執行の差止め請求」、コラム「会社法トラブルその8 取締役の解任の訴え」参照)や取締役の責任を追及する場合(責任追及手続についてはコラム「会社法トラブルその10 株主代表訴訟」参照)に、会社の取引状況・財産状況を明らかにする目的で、会計帳簿の閲覧・開示請求がなされています。しかし、会計帳簿は、上記の通り、日々の取引などを逐一記録したものです。仮に、会計帳簿が、「計算書類等」と同様に容易に開示できるとなると、株式会社の営業上の秘密が漏洩し、又は開示された情報を下に取引相手を奪取されるなど、株式会社の利益を損なうおそれがあります。そこで会社法は、株主が会計帳簿を閲覧・謄写できる場合について、以下のような制限を課しています(会社法433条1項)。
①閲覧・謄写請求ができる株主を限定(会社法433条1項柱書)
会計帳簿は、個々の取引などを逐一記録したものですから、いわば株式会社の事業活動を丸裸にするものだとも言えます。これまで説明してきた情報と比較して、価値が大変高いものと言えますから、開示すべきか否かの判断は慎重に行う必要があります。
そこで会社法は、閲覧・開示請求を行いうる株主を、株式会社との利害関係が強い者、具体的には総議決権の100分の3以上、又は自己株式を除く発行済株式の100分の3以上を有する株主に限定しました。
②会計帳簿の閲覧・謄写を拒絶できる場合がある(会社法433条2項)
株主名簿閲覧・謄写請求の場合と同様に、株主が会計帳簿を利用する目的が、保護に値しないような場合(詳しくは会社法433条2項の列挙事由参照)には、株式会社は株主からの会計帳簿閲覧・謄写請求を拒絶できることにしました。
③閲覧・謄写請求の理由を明示しなければならない(会社法433条1項後段)
閲覧・謄写請求の拒絶事由の有無を、株式会社がゼロから調べ上げるのは非常に困難です。そこで、拒絶事由の有無を判断しやすいように、会計帳簿の閲覧・謄写請求を行う者は、その理由を明らかにしなければならないとされています。
第5 株式会社が請求に応じない場合
理論的には、株主は株式会社のオーナーですから、株式会社に関する情報を自由に閲覧し、謄写することができる、と考えることもできます。しかし、実際には、上記の通り、閲覧・謄写を拒絶できる事由が法律で定めてあったり、法律に定めのない事由を理由に閲覧・謄写を拒絶されたりしています。
このような場合には、株主は、①自己が株主であることを示す事実と、②請求の理由の明示が必要な請求権の場合(詳しくは上記)にはその旨を主張して、閲覧等請求訴訟を提起することができます。拒絶事由の存在は、株式会社側が主張・立証することになります。また、判決の確定まで待つことができない緊急性がある場合には、仮処分の申立をするのが一般的です(民事保全法23条2項)。
以上